「北極星を目指して」 (左脳のひらめき)

I'm your polar star in the journey of life.

朋塾〜魂の筋力を鍛える精神哲学〜

ハンドバックを買う時は、それを使う格好で選びに行きなさい

こんにちは。

私の父は、若い頃、政治家の書生をしていましてね。カバン持ちなんですが、本当に苦労した話で、今も心に残っている話をさせていただこうかと思います。

その政治家さんは、ある程度有名な方で、その奥様は、一生懸命周りを回られて、援助のお願いをして歩くんです。けれど、援助のお願いに上がる人が、裕福な 格好では援助もないかもしれません。それ故、物凄く、毛玉がついてボロボロな格好をいつもされていたんだそうです。

けれど、この奥様がある日、銀座に行ってハンドバッグを買う事になったんです。父は、お車を手配して、お車が奥様を連れて、銀座の和光にいらっしゃるのを 待つ為に、和光の前でお待ちしていたんだそうです。んで、お車から現れた奥様は、なんと、いつものずたぼろな恰好でありました。

無論、その頃の和光と申しますと、非常に相手を見てですね、ボロボロな格好に対して、合わない状態ですと、ハンドバッグひとつ、奥から出てこなかったんだ そうです。この頃は、今上天皇が、ご結婚される少し前の事かと存じます。ですので、和光がステイタスではあったんですが、その和光も、ひとの服装を見て、 ハンドバッグが出てこない事が良くあったんです。

で、父は、奥様に何度も苦言として、「何か買う時は、それを使う時の服装をしていらしてください」と申し上げたんですが、奥様は、「かばんはかばんで しょ。何で綺麗にして行かなきゃならないの。鞄屋は黙って、鞄を売ればいいのよ。」と相手にして頂けなかった為、結局、和光からは、ひとつ、粘り倒して鞄 が出てきましたが、他の鞄を見せていただける事もなく、「こちらは、政治家XXさんの奥様でございます」と父が叫んだ言葉もむなしく、その奥様は、結局、 おひとつだけ出てきたかばんを買われて、お車に乗って帰られたんだそうです。

ええ、で、我が母上が昔、和光に参りました時は、その頃、深窓のご令嬢ルックが流行ったせいか、あのような身なりをして、祖母と出かけたんだそうですが、 その時には、店の奥から、店頭に溢れるかと思う程、カバンが並べられたんだそうです。

その娘の私は、全く和光で買い物をした事もなく、和光を見に行った事はあるけれど、和光の品ぞろえの良さも分からず、恐縮至極でございます。

で、いつも思うのですが、今はもう、買いに来た人の身なりを見て、出せる値段相応のカバンしか出してくれない事はなくなりました。どんな人が、ティファ ニーを見ても、必ずどんなダイヤモンドでも、キャラットを言えば出てまいります。けれど、昔は、本当に買いに来た身なりで、出てくる品が判断されたんで す。今じゃ、そうですね。日本だけかと思うんですが、服はずたぼろでも、カバンだけブランド物が光っている人がいて、それを個性という様ですが、私の見て きた欧米の人達はそのような使い方をされてはいなかったです。

で、人の身なりから金勘定しやがって、と思う事は思いますが、モノがその人に本質的に似合うかどうか。その人の身の丈に合うのかどうか、そういう事も判断 して、昔は売っていたんだなと思います。ですから、我が父は、何かを買いに行く時は、それを持つにふさわしい恰好をして買いに行けと申しておりました。ち なみに、この政治家の奥様は、いつも政治家の奥様で集まる時は、使用人と間違えられる状態で、末席が多く、政治家であるご主人の評価を下げていらっしゃっ たんだそうです。

さて、私も実はそんなに昔、物欲というモノがありませんでね。本は死ぬほど買ったり取り寄せたんですが、カバンに対してあまり執着心がなかったんです。周 りが煩く、シャネルシャネルというので、初めて買ってみた時は、26歳位でしたでしょうか。カバンだったら何でもいいと思っていただけに、何を買ったらい いのか考えてしまいました。

で、ロゴつきカバンは、ロゴがあるだけに、流行があります。長く使えるものには、ロゴが付かないです。ですので、ヴィトン等も、ロゴが付かないエピシリー ズも、型や色によっては、長く使えるものもありますが、50に近くなってくると、ロゴがイタクなってくる事はよくあります。けれど、カバン屋さんは、長く 使えるものを頑丈さを狙って作る訳ですから、流行りに追われて買うのではなく、大事に大事に使っていただきたいと思う事が多いです。

ちなみに、会社員が多くなってきた最近では、「奥様のあり方が会社でのご主人の評価に繋がる」事は少なくなってきました。けれど、40年ほど前、海外駐在 に行く方は、自分自身がその国での会社代表だという気持ちで赴いたとお聞きします。けれど、今の私たちは、割と自分のあり方が、他者の評価を下げる、上げ ると言う事に無頓着になってきました。

けれど、あり方が評価を上げる・下げるのは、親戚関係や、子供を持つとよく分かるのですが、非常に問われてまいります。で、自分は自分でこうなんだと思っ た瞬間から、その場から弾き出される方も結構います。私自身も昔は、やはりそういう弾き出される人間でありました。けれど、「自分のあり方ひとつが、子供 がその環境に馴染みやすくなる一つの方法」であると気がついてからは、極力、控え目に、人を立て、他者を尊重し、そして和の調和を目指してきた気がしま す。

たかが、カバンかもしれません。けれど、あなたの評価を上げるのは、カバンかもしれません。カバンを選ばれたセンスかもしれません。けれど、カバンは確実 にあなたを彩ります。そうお考えいただき、自分のあり方が、他の人への評価にどう影響するのか、自分は適切を守って、人に不快感を与えていないか、潔癖に なる必要はないんですが、一つ考えてみて欲しいと思います。



余裕のない人 KY続きで人の輪から、いつの間にか拒否されている人

こんにちは。

新しい学期が始まって、新しい方々をお迎えするに当たって、本当に毎度ながら苦戦するタイプの人がいます。私は、その中では古参に当たる故に、自分も昔は 言われた事を言うしかないのかと思う時もありますが、できるなら、本人に気がついて欲しいです。

一言、余裕のない人って多いんです。日常が手いっぱいで、予測不可能な事態(大体は予測できる)に当たって、騒ぐんですね。で、手いっぱいですってのが、 見るからに分かるのは、服装の乱れです。

別に何着ていてもいいんですが、プロトコルのある所はプロトコルに沿うんですね。沿えてない時は、黙って身を引いておくんです。自粛規制をかけ、自分がプ ロトコルについて、一歩身を引いて、見ながら習うべき時は習うべきです。

聞けばいいってもんじゃありませんし、あなたの疑問になっていない所から、既にプロトコルアウトってものは幾らでもあります。私自身は、プロトコルを見切 るのが既に癖ですから、洋服などでもそういう擬態に入ります。

けれど、手一杯な人は、恐らく手いっぱいで、心に凄く不満やもやもやを抱えていて、誰かと話したいという欲求は見え見えなんです。けれど、正直、服の乱れ も気にせず、凄まじい恰好で、やって来られた場合、そういう人を多くの人は敬遠すると思います。無論ですが、人様を不愉快にさせる服装で合った場合、多く の場面では、あなたは人から話しかけられなくなります。

で、こういう人は、既に結構一杯一杯な癖に、場をし切ろうと思って、向こうで話す人の話に口を突っ込んでみたり、あーしたりこうしたりしています。その人 が、本気で情報収集として他の人が会話している時に、会話をブレイクさせるのは、正直、ディベート上手でも何でもありません。単なるKYです。

私は、人の会話の浅さや深さをまず知り、浅い場合には、自分がひょいっと参加して、会話を膨らませて遊ぶ所はあります。けれど、深い場合には、正直、黙っ て人の話を聞いています。黙って聞く事で、得られる事が多数ありますから。けれど、KYさん達は、ひとの会話の浅さ、深さも読まずに、その会話をそらして しまう事が多く、故に、真剣に話していた人から怒りを買い、話の輪に入れなくなる事が多いんです。

何でも自分が参加してもいいんだと思わない。何でも自分が入って、土足で踏み込んでいいのだと思わない。そして、時を忘れて喋る事だけが大事だと思わな い。相手が、どういう思いで話しているのか、それも考えなくちゃダメ。

けれど、KYな人は、ほんと、自分の心の中に自分の不満を溜めて置くのが苦手で、それをどんどん話そうとするんですね。私も長男が3歳の頃にはそういう人 間でしたので、よく理解はできます。次男を抱え、不満だらけで、本当にろくでもない人間で、人とのトラブルが多かったし、自分だけが知らされない秘密って のが多くて、それもまた不満でした。

私は、どうやって抜け出したかと申せば、毎度毎度、自分が出かける前に自粛規制をかけて行ったんです。そりゃ、いい天気でどうしようもなく眠い時なんか は、よく話していますが、そうでもない時は、自分では子供の事や、他の事で手いっぱいですからね。そうそう、周りに迷惑をかけてまで、行う事はないです ね。ついでに言えば、私はその集まりなどで、古参ですが、私より育児経験の長い人はいっぱいいます。ですので、何が何でも、「あたしが言ってやらなく ちゃ」って思う事はないです。

何でも、自分が自分がとか、何でも自分だけが背負っているんだ、とか、自分がやらねばという、そういう責任感の重い事は好きでもないですし、考える事もし た事もないです。普段や鑑定で、私自身から、病気の様子はかけらも見えないと思います。そして、使命感や悲壮感など何一つとして、私は表面に出してもおり ません。でも、それが普通だと思うんですよ。人に不愉快な思いをさせない、最低条件だと思うんですね。

自分の心の中に憧れをもって、そして不満を自分の中で自分の私生活で昇華し、そして、人の話をどう読むか読まないか、それも考えてほしいんですね。

私の場合は、時々故意にKYになることがあります。で、相手に、必要な事を言わせる事もあります。けれど、殆どは、プロトコルを良く見て、そういう服装 や、人を不愉快にさせない事を心がけています。

話す事がないどころか、自分が切羽詰まっている時こそ、人はあれこれ、喋りたくなるんですが、そういうのは、皆自分の中に置いておいて、それで、何とかし ていただきたいと思います。人の会話の浅さ、深さまで、推し量らず、自分が自分がと言えば、恐らく新学期、ゴールデンウィークを超えたあたりから、人の輪 に入れなくなる事もあります。

また、黙りすぎて、人の輪から外される事もあります。適当な相槌を打つ事は、集中力に繋がります。擬態だと思って、集中して挑んでください。そして、KY な面があると自分に思う人は、ほんと、自粛規制掛けてください。

恐らく、その性質では、何処に行っても、受け入れてくれる空間、あなたが休まる空間、あなたが馴染める空間自体がないです。何故なら、あなたが、その空間 を得るチャンスを壊しているからです。

自分で自分を追い詰める必要はありません。休まる空間を求めて、少々お口をつぐんで、服装の乱れを気にし、家の掃除をしてください。よく、大型掲示板で、 半年間ROMれと言いますが、これはよく言った言葉だと思います。声に出して聞かずに、周囲を見渡す事で、そこのプロトコルを、黙って理解する理解力は必 要だと思います。

観察力、理解力、想像力、そして、認知力。



緊張する程、何を見せたいか

こんにちは。 人は、初対面の人に対し、ひどく緊張します。自分が思う以上の自分を人に受け取って欲しくて、精一杯背伸びするんですが、実は申し訳ない程に、背伸びをす ればするほど、その次が苦しくなっていきます。

自分をよりよく見せたいのは、動物も一緒です。繁殖をかけての動物の、よりよく見せたい欲求は、姿かたちに現れてきます。ライオンのオスのたてがみもそう ですし、動物の雄が何故、あんなに綺麗な格好なのかと言えば、よく見られれば見られるほど、繁殖に対し有利になるからです。

けれど、自分をよりよく見せようとして、時々、お母さん同士で喧嘩をいたします。誰がどの傘下に入った等、正直どうでもよろしい話かと思いますが、お母さ ん同士、社会という繋がりもなく、そこで築いて行く上下関係の中で、必死で、自分で自分を繕って、「大きく」誇示していきます。スピリチュアルでも、よく この「誇示」によって、喧嘩勃発している所などあります。

それ程に、人の根底にあるものは、自分をよりよく見せたいと言う願望なんです。ですので、人はその為に、清潔なシャツを着たり、フィットした服を着たり、 ファーストインプレッションの為に一生懸命です。就活においては、面接の前の書類審査を通り抜けるのに、必死になれば、面接に対して、よりよい印象を持っ て欲しいと懸命になります。

お母さん同士の誇示が大した事がないと言い捨ててしまえるのは、利害関係が著しく絡まないからです。もし、これが、今日のその誇示にて、700万入るので あれば、人はもっと必死です。ですので、営業をする人は、もっと必死です。

けれど、どんなに誇示しても、何気ない動作にあなたの本性は出てしまいます。ですので、普段から意識して、そして、緊張する場面ではこう考えてください。

自分は今、相手からより良く見てもらいたいと願っている。なら、何をすればいいのか。

目的は明確ですから、後は、動作を洗い出せばいい事です。けれど、営業さんに関しては、ルーチンワークにはなりえません。ルート営業であろうと、顧客1社 1社毎、あなたの顔は違います。あなたの態度も違います。で、どの顧客も大事にし、一生懸命行う営業は、どんなミスをしても、顧客からフォローされること があります。反対に、顧客を大事にしない営業には、顧客も厳しいです。 誇示は、虚飾へと走り、そして、虚偽の事実を作り、虚構の世界をもたらします。それが健全であるかどうか、病んでいる領域ではないか、自分でよく考えて、 今の立ち位置を決めてください。

あなたは、あなた。飾り立てようと、何しようと、相手の目的一つで、煮ても焼いても頂けるように、普段から磨いておくことが一番です。

無論、お金の絡まない、お母さん同士の付き合い、親戚同士、姻戚同士の付き合いなども、スムーズにし、トラブルがない状態で、にこやかに過ごせる事は理想 ですが、実際はそうもいきません。けれど、いつも、緊張した時、緊張して凝った肩に注目するより前に、何故、あなたは緊張しているのか、何を本当は人にし てもらいたいのか、よく考えてください。そして、何故それが与えられないのか、冷静になって考えてください。場を読む。その時与えられなくて、怒っている 時も、よく考えてください。

そして、用意周到に準備万端整えた事など、いつの世も、完全に報われる事などありませんが、けれど、あなたが丁寧にこなした作業は、あなたの品を上げ、あ なた自身をアップさせることに役立つ事は、間違いなしです。即時に報われないから、やらないのでは、あなたの進化の歴史は止まったままです。精神年齢が幼 いまま、未熟だと言われてしまいます。

えー、ところで、Gooの記事投稿方式が変わりまして、新しい投稿画面で頑張っているのですが、勝手が分からず、戸惑っております。そうですね。古い方が 良かったかな。融通が効かなかったんですが、それもよきかなと。結構、gooも苦労してんだな。クジャクかって感じに。



地球は生きている星だ

こんにちは。

季節は、初夏の頃に差し掛かろうとしているけれど、相変わらず、気温は低いまま。風は吹き荒れ、温度差の激しさに、子供があちらこちらで、寝込んでるし、 大人も具合が悪くなる。以前は、ゆっくりかけて、天気が移動していたけれど、今じゃジェットコースターみたいな移動の仕方で、正直ついて行くのに必死であ る。けれど、冷えて行く事は、天災なのだから、仕方がない。

けれど、景気は抜群に冷え、ガソリンは値上がりし、そして、供給される食への野菜すら満足に取れない。そして、人は皆、安いものへ、手軽で安易な事へ、興 味がシフトしてしまい、どうにもこうにも、騙されてしまうケースが増えてきている。

騙される事自体、一回は体験してみないと、その狡猾さは見抜けない。騙す人は、皆、仏顔や天使のような顔をして、やってくる。甘いささやきを見抜けない人 は、そのまま、搾り取られ、「もうないです」と、やっと意を決して言った発言に、その人たちは悪魔の顔や、般若の顔を見せるだろう。また、怖くなって、な いお金を借金しても、誰もあなたをかばわない。

こうなって行くのは、アセンションの所為かと聞かれると、私はこう答えると思う。「ペストはアセンションだったか」「天明の大飢饉はアセンションだった か」

そして、生き残ったのは、本当に霊能者だけなのか。

本当はそういう意味ではなく、極端に勘の冴える人が生き残ったんだと私は思う。で、巷の伝承は、霊能者が残るんじゃなくて、勘を働かせ、サバイバルに必死 になる人が残ると思う。だらけて、ないないと不満をわめきたてて、あるもので何も作れないで済ませようとおもうのか、あるものにひと手間加えて、それで心 より豊かになるのかでは、同じ生き残りでも、少しずつ「格差」が開いて行く。

あなたは、あなたの環境がある。けれど、生まれが貧乏でも、その後、貧乏から抜け出すのは、人の意思次第だと思わないか。工夫をせず、人について行くよう な状態で、利を得るのは、扇動・先導する人だけである。けれど、あなたの今の環境は、今よりより良くしようと願わなくては、何一つ変わらない。不平不満を 持って、この先の天災を嘆いてもどうにもならない。

母はアイスランドの噴火から帰ってきてこう言った。
「皆、電話で問い合わせるだけだから、どうにも、本当に空港に押し掛けて、一か八かを取れば、飛行機には実は空席があったんだ。それを、手間を惜しんで、 安全な所にいようと思って、電話で問い合わせただけでは、何も始まらない。私は、自分が荷物を担いで、飛ぶか飛ばないか分からないけれど、空港に朝早くか ら行った。だから、帰れたんだ。」

結果的には、これが格差を作る正体であると私は思う。あなたの環境は、子供がその環境で育てば、その環境を当たり前だと思い、連鎖していくから、貧乏は連 鎖すると思われている。けれど、連鎖を断ち切るのは、環境改善からで、決して、霊能者になる事が大事なんじゃない。母のような、思い切りも時には必要なん だ。安全な場所にいたいなら、その環境の連鎖も仕方ないだろう。

地球は生きている。星として活動をしている。時に熱くなり、時に冷える。だからこそ、私たち人間に、柔軟性と手間暇を惜しまぬよう、いつでも警告してくれ るのではないか。地球が、星として終わるまで、住み続けるのであれば、どんな状態が起ころうと、乗り越えて行くのが私たちだ。

行こうか。



一旦相手を受け入れよう

こんにちは。

メールにて微妙な言い回しが聞かず、喧嘩腰になる時やトラブルがある時があるんですが、殆どは、互いが「冷静」になっていないんです。また、曖昧さを持た せたい含みのある言葉を使うには、現代人は忙し過ぎです。

我を通す、主張を通すのもいいんですけれど、まず、一旦、相手の言う事を聞きませんか。ええ、相手の言う事に賛同しろとは言いません。賛同できないから、 ディスカッションになる訳でね。まず、相手の言い分を聞きましょうよ。聞いている間に、頭に血が上りそうなら、落ちつけ自分って思いながら聞いてください よ。

で、聞いたら、まず「そこまで考えてくれてありがとう。」とか、まず相手が言いたい要求を通させて、そして相手を認めましょうよ。あなたに比べれば、相手 は取るに足らない発想で、恐縮かもしれませんが、相手は言葉に出すまでに、あなたに向けて何度も考えたはずなんですよ。その労苦をまず、ねぎらいましょ う。

「色々ご配慮いただきありがとうございます。(ここで一呼吸)」
「色々ご迷惑をおかけして、ごめんなさい。(ここで一呼吸)」

日本語は、ありがとうの意味を、すいませんとか、ごめんなさいに込める人もいるんですが、ありがとうは、ありがとうで、誤解のないように。謝罪は謝罪で、 曖昧にしないで書いた方がいいですよ。人の行動には考えなしってのはないんだから、余程の衝動性を除いて、必ず相手は相手なりの、セオリーを持って考えて 言うんでしょう。

冷静になれない方が負け。

負けとかに価値を見出すのではなく、取りあえず、相手を認め、受け入れましょう。それによって、相手の態度が、喧嘩腰なのが変わってきますから。言い訳を しようがどうしようが、あなたの行動が、相手に「誤解された」事実は変わらない。自分を受け入れてほしいと叫ぶ前に、相手を受け入れましょう。相手の未熟 さも何でもごっちゃに受け入れて、メールで誤解されている時は、感情を抜いた文章で簡潔に結びましょう。

微妙な曖昧なニュアンスをメールでしたためたい気持ちは分からんでもないですが、雅な(みやび)ひとばかりではないんで、受け取り手の想像力も考えて書く べきです。冷静になってください。一呼吸、一呼吸。


芸術という名の高くそびえたつ壁の上を渡る

こんばんは。

せっかくだから書いておこうかと思ってね。芸術関連の上手な歩き方。

昔、音楽やっていましてね。まぁ、何にも大した業績はないんです。で、サンフランシスコに住んでいる時、ある一本の電話が全てを変えるんですよ。そ、ある 欧州のデザイナーが、イメージするミュージックが欲しいと言う。その人にインスピレーションを作りに来ないかと。

きっかけは、私が作ったイメージビデオだった。何でそんな人がそれを見たのか知らない。

で、日本のエージェントを通す訳ではなくてね。単身で挑んだんですよ。オーディションをNYでしてくれると言う。無論ですけれど、急きょ、NYまで飛行機 を取って、それで宿を取って、行ったんですね。主人が冷や冷やして、とにかく宿までは一緒になるように、彼もNYに出張を組んでくれたんですね。

で、会話なんてろくに出来ないんですよ。向こうのエージェントと、会話が成り立たない。欧州の言葉でさえ、おぼつかない。だから、辞書を持ってね。英語の 辞書も持ってね。んで、出かけたんですね。でも、オーディションでは、会話なんてあんまり必要なかったんですよ。相手の意図するところから汲み取って、曲 を一つのテーマにつき6曲位書けば良かった。で、幾つもこなして行った時、「ブラボー」の一言で、オーディションに受かるんですね。

で、帰りは、20ドル札握らされて、「これで飯を喰え」ってゼスチャーを貰ってね。で、スバーロっていうファーストフード屋さんでね。初めて、デザートも つけて豪勢に楽しませてもらいましたよ。およそ8時間、極度の緊張で、ご飯食べていなかったんでね。

けれど、その人のを受け持って、段々、精神的に均衡が取れない状態に落ち込んでしまったんですね。何が問題かと言えば、依頼を受けると、インスピレーショ ンの為に、やはり様々な生き様とかを、おたまじゃくしで表す訳ですよ。様々な文献を読んで、日本語がなければ、英語を読んで、で、分からない単語があった ら、当時コンピュータ業界の生き神様のような方がね、私に英語を教えてくださって、拙いメールを添削してくださるんで、一生懸命に伺ったんですね。

決定打は、その人からお借りした「ノルウェイの森」そう、村上春樹さんを読んでね。終わったなって感じに、自分の中の均衡が崩れてしまったんですよ。で、 思ったんですね。自分はピュアでクリアなサウンドを目指し、讃美歌の旋律を奏でようとして、そして、狂気と正気の間にそびえ立つ高い薄い壁の上を、渡り歩 いていたんだと。

で、自分はね、どんどん苦しくなるわけです。そして、狂気の狭間に落ちたようで、時々、正気に戻ってくる。んな、日常生活が立ち行かなくなるんですよ。悲 壮な旋律が出てくれば来るほど、自分はボロボロですから。そんな時にさえ、天の上の方から、羽が舞い降り、金粉が舞うような状態で、自分は凄まじく日常生 活を営めないんですよ。ご飯に関しても無頓着。それどころか、食べた事さえ怪しかったんですね。

で、そんな中で、異国で評判はいい訳ですよ。日本の女の子が、コラール以上のコラールを作ると言われて、依頼は殆ど、「鎮魂歌(レクイエム)」とか、そう いう系統が多かったんです。ええ、昔っから、鎮魂系ですわ(苦笑)。

けれど、自分は、感覚過敏で苦しくなって、眠れない朝を、バスの始発で知ったり、幾晩も眠れない日を過ごす訳ですよ。苦しくてね。死ぬかと思った。

・・・・・・・・・ある日ね、辞めたんですね。

一切合財、身を引いたんですよ。
で、コンピューター業界に乗り換えて、そのまま、SEへ目指し始めちゃったんです。SEに鎮魂系とか、精神医学とかないですから、比較的安定したスタンス で進めて行かれたんですよ。まぁ、当時でも、芸術での掟破りな生活をしてきたんで、やっぱり、そんなITだからと言っても、型破り程度なお馬鹿さんはある んですね。けれど、芸術の時は、自分で今を思えば、人間じゃなかったと思った。

早くここから出て行きたい。自分のいる場はここではないとずっと思っていました。ここは仮の場所だと。芸術を創るには、なんとか早く、この苦しさを逃れた いと思いながら、苦しさをもて遊んで、辛さを友とする訳ですよ。で、更に自分を追い込むんですね。人から見たら、「なんで?」って思うかもしれませんが、 それが、芸術をやるには必要なんです。

芸術で成功したかったら、売り込み上手とスポンサーを捕まえるのは最低条件。けれど、それ以上の前に、自分自身の作品以外は何も見えない生活を送ることに なるんです。私は、母を見ていましたからね。芸術家ってのは、こんなにすごい集中力で、こんなに狂ったように見えて当たり前だと思っていましたよ。智恵子 抄では、高村光太郎を支える為に、狂人のように智恵子が、懸命に日本画を「扇子」や「扇」に書いて行くシーンがあって、佐久間良子さんが演じてらっしゃる 時の、鬼気ぶりは凄いものでしたよ。

その後、智恵子は狭間に落ちるんですが、落ちたからこそ救われたのは彼女。最後まであっちに完全に行けなかったのは、私。

現在の社会は、集団に属する事を尊び、個が特別ひとりで大きな力を出さないように、掟を破らず、型を破らず、丸くもなく、とんがってもなく、四角でもな く、大きくもない事を尊びたがります。

けれど、芸術家は、それを、簡単に打ち破る存在で、そうでないと成功しないんですよ。

R&D(リサーチ&デベロップメント 通称開発)なんかは、人間性を重視したら、新しい商品の開発が出来ない。商品の開発自体も、芸術ですから ね。発想による事は、殆どそういう意味合いを持つと思いますよ。ですから、何でも、「あの人は人間性を疑う」と言われて潰されがちなんですが、実は、人間 性や品性を疑っていただきながら、品性を失う程の見事な仕事っぷりを生温かく見て欲しいという職業があるという事です。

ですので、こういう業界もそうですが、「冷静になったら」負けかな。

ひたすら己を信じ、己の可能性を伸ばし、感覚に振り回され、インプットを増やし、どうアウトプットするか。まさに、生き抜くサバイバルなので、そういう職 業の人に、超能力があろうと、別に当たり前じゃないですかね。けれど、人としての道は踏み外すし、盲目になる事もある。

天の祝福を受けながら、それが己の精神をギリギリまで追い詰めて、毎度魂との会話をしながら、極端な中にタイトロープの上を一足一足、慎重に踏み出してい く。落ちるも地獄、落ちないのも地獄。それが、芸術ってもんだと私は思いますね。ええ、夕食にも芸術が出た我が実母なんか、凄まじいもんでしたよ。

けれど、昔は、割と経済力がある人がそれを支えたし、昔の日本って、結構ユルかったんですよ。

今みたいに、あーしないとダメ、こーしていないとダメ、とか所謂、ダメの美学の中で窮屈に生きてない。昔は、もう、おおらか過ぎて、おおらか過ぎて、眉を ひそめる位のおおらかさがありすぎた(苦笑)。けれど、どんどん、戦後の日本は、自分達をある西洋のティピカル(典型的)な枠に、はめようはめようと努力 して、枠にはまらない人を「規格外」として放り出してしまう。けれど、昔の日本は、その枠にはまらない人達の凄さも一緒に、皆ユルくイケたんですがね。

まぁ、芸術家には生きにくい世の中になって、どんどん感覚モノを馬鹿にする所があるんですが、人間、手応えって言う程、感覚は必要だと思うんですね。けれ ど、理解されない事も、まぁ、歴史の流れ上ある。けれど、それを耐えて、その上で、あなたの夢を咲かせてほしい。

ちなみに、我が夫はどういう訳か、こういう生き方に理解があるんですが、ただひとつ、今回約束しているのは、子供がいる以上、「狂気をもて遊ぶな」。これ ですんで、健全な牧歌的超能力者を目指しています。





ちなみに、芸術方面にいた頃の自分は、20ドルで飯を喰えと札を渡されたら、全額一回分の飯に使ったという、大馬鹿もんなんですよ。スバーロは、どんなに 頑張っても13ドル。だから、悩みましたけれどね、スパゲッティにミートボールを入れて、ピザのスライスを取って、タルトパイを取って、サラダ取って。え え、13ドル。

で、後で、エージェントに、13ドル使ったって言ったら、エージェントが言うんですよ。お前、ほんと芸術家だな。経費とかそういう言葉知らんだろって。

今じゃ、経費どころか原価まで知る勢いで、どう曲がったんだか知りませんね。けれど、今じゃ出来ない事を、あの頃は出来た。それが、芸術の一方向に突飛す るという能力故だと思う。

どっちが先に亡くなりましたか 〜お金が人を魔物に変える〜

こんばんは。

災害で亡くなる人は多いです。けれど、残された人に降りかかるのは、離別の悲しみだけではありません。その亡くなった人が、ご夫婦で合った場合、相続の相 手の子供がいなかった時など、実は保障問題で、凄くもめます。

亡くなった夫婦が、夫が先だったとします。すると、亡くなった時に、まだ、息の根が止まっていない妻に相続権が発生し、そして、妻が亡くなると、妻の親、 兄弟に相続権が発生するんです。ええ、皆、夫の財産、根こそぎですわ。で、反対に、妻が先だと、妻の財産を、瀕死の夫が受け取り、で、夫の親、兄弟に財産 が行くんですね。

ええ、昨今では、戸籍関係が入り乱れているので、そうなるとどんどんややこしくなります。ですが、葬式最中の、悲しみの喪中の最中が、とんでもない金銭怒 涛の罵倒の場になるのは、よくあります。こういう、災害で、ご夫婦が亡くなった状態です。夫のご両親は、そりゃ、凄く怒ります。妻が、瀕死で、生死の境を さ迷おうもんなら、冥途に送ると言って問題を起こす事が良くあります。

一番は、保険金の問題ですね。夫の保険金を全額妻が受け取り、妻の保険金も足して、妻の係累に行く。すると、夫側ではもめます。また、災害に会った時の災 害の補償費等は、これまた、妻が受け取った時点で、保障費が大きければ夫の両親と問題になります。昨今は反対も同様です。

何も死のうと思うって死ぬわけではないんですが、自分が残せる子供がいない場合も含めて、死んだ時の事も時々、考えをパートナーと話して置く事はとても大 事です。縁起の悪い話は、そう言う事がないうちにしておくといいと思います。喪服も、予定が出来そうな時に買うと顰蹙を買いますが、予定がない時に買って おけとよく言われるのは、やはり親族の心証を害しないからでしょう。


スピリチュアルな人の作り方 その1 〜スピリチュアル・クライシス〜

こんにちは。

基本的に見れば分かると思うが、スピリチュアルは、金があってナンボの世界であると私は思っています。美しい情動も、鮮やかな技も、金次第と言うよりは、 自身に金がなくちゃ続かないし、能力があればある程、前に出る人は殆どいない。つまり、前に出たがる人は、能力がなく、金を持っていなければ、誰かから金 を取ることで、生活の糧を得る。

私が、ピタゴラスイッチと、ここで書いてきている事は、正直に言えば、どれくらいお金がかかったのかと聞かれると、軽く500万程度以上と答えると思う。 無論、アロマテラピーもそうであり、バッチもそうであり、霊能者に来てもらった代金や、お札の代金、アロマ、気功等のサロンに行った代金を含めたら、もっ と膨大な金になってると思う。先祖供養で、増上寺の墓をキャッシュでポンと買ったんだ。幾らすると思いますか。だから、人の想像以上のお金をつぎ込んで、 このブログの知識は成立する。安易に真似をしようと思う人は、まず、財布を見た方がいい。

レイキも、受ける所によっては、回路も開かないのに100万だったりする。無論だが、パワーストーンが必要なら、自分が欲しいと思う顔を見せれば、石は値 上がりをする。で、スピリチュアルに入りたての人は、誰もみな、何も知らなかったから知りたいと願う。そして、迷ってあっちに行ったりこっちに行ったりし ている内に、必ず来るのが、スピリチュアルクライシス。そう、「スピリチュアルによってもたらされる、自分への経済アタック」である。

何でも高いんだ。何でも、それなりにするんだ。で、ろくな知識も、日常生活で騙されやすい人が行けば、そりゃ無論だが、あっという間に何でも巻き上げられ て終わりだ。実際、私自身、物品について薦める事もあるが、何が何でも今すぐ買えと、言った事はない。

霊能力と言うのが、雪だるま式に伸びて行く時、必要になるのは、コントロールで、人はそれを石でやろうと思えば、これは石が凄く高い値段になる。石だけに 頼ろうとすれば、石だけで、一大財産を失うことも可能である。何故かと言えば、そこに欲があって、身の丈の石にセーブできない人もいるんだ。音叉だってそ うじゃないかな。必要とするモノ以外も買いたくなったら、幾らすると思う?

けれど、それは、何にでも言えるんじゃないかな。美容院で、思った髪形に切ってくれない人、とんでもない状態にして、しかもコンディショナーまで売る美容 院だってある。何でもいいから、髪をすかれて、髪が無くなった人だっている。その、きちんと思った事を思ったように伝えられないことのリスクは、自分が変 な髪型で背負う訳だけれど、スピリチュアルの場合は、極端に、依存症の末期で、人に吸い取られておけらになった自分か、いっそ狂った方がましだと思う自分 しか残らない。

つまり、どういう事を言っているのかと言うと、

「交渉に長けていなければ、安全な所で遊ぶ事を良しとしろ。また、安全を超えて行く事は、勇気と呼ぶのではなく、無謀と呼ぶ。けれど、それでも、騙されて でも、騙された事さえも肥やしにできる性根を持つ事が、この世界での表舞台を制する。」んだ。

そして、「スピリチュアルは自己責任のお遊び場であって、自分自身の身の丈をわきまえない人には、厳しいリスクがあり、見る目を持たなければ、経済恐慌に 陥ることは非常に容易い。だから、用心深くして行ったほうがいいんだ。」

私は、自分の所に来る人で用心深い人を何十名と見てきた。だから思う。それでいいんだ。そして、もし、私がまずい事を言い出したら、迷わず、捨てて逃げて 行けと。

人は、感覚になるとちょっとやっぱり優位に立ちたくて、見栄を張ってしまう。そこにつけ込むのはこういうビジネスで、これは美しいとかそういうもんじゃな いんだ。あなたの見栄が、ダイレクトに財布アタックとしてくるんだ。私は、今まで、確かに色々なグッズを買った。色々持って歩いている。けれど、私は、そ れだけの収入があり、自分の様子を見ながらちょこちょこ買ったに過ぎない。それでも、自分はお店からしたら、安い客だ。それでいいと思ってる。

私だって、身の丈を見失う程欲しいグッズなら、幾らでもある。けれど、私は完全にグッズはコントロールの為に使うのなら、必要最低限のモノを買いに行く。 自分の身の丈を考えて、今持つべきものではないモノは、避けている。金がないなら、精神力と集中力でカバーする。だから、始めは、買い方が分からなくて、 無理をしても買った。だけれど、今では、買い方を心得て、どんなスピリチュアルグッズでも、「欲しい」と「必要」は別個と捉えている。

だから、今では、自分自身を見失う事はない。丁寧に、手間暇をかけて、何軒も探して買うことを良しとする。

で、私もコレクターだから、欲しいと言う事が多い。けれど、私の場合、石は、無ければ命が危うかった時代もある。だからこそ、必要になる人の気持ちもよく 分かる。頼りにする人も良く分かる。けれど、金にあかせて買えばいいという問題ではない。

あなたは、買うことで何をしたいんだ。それを明確にすべきである。買うことで、スピリチュアルを手にしたつもりでいるのか、それとも、買った事でストレス 解消か。それとも、共に歩くつもりなのではないのか。共に歩くつもりなら、随分お粗末な扱い方をしていないか。もっと大事にしないのか。

私は、買ったグッズが納期を守られず届かなかったことで、目論見を外れて、自分が痛い目に合った事もあるし、集団の中に出かけて行って、マイナスが多すぎ てひどい目に合った事もある。無謀だ。無謀の極みだと思う。けれど、自分は、確固たるアンカーである日常生活を持ち、金を持っていた。身の丈を心得てい た。

あなたの目的は、スピリチュアルに対して、どんなものなのか。

今一つ明確にしてもらいたいと思う。これは、お遊びである。けれど、遊びで買い続けて行くには、ブロガーさん達は、よく手に入る。あれらは、その代理店に なって広告塔になるから、手に入るんだ。ここのブログ主は、全部自費で買ってるんだよ。そこが、ただの広告塔とは、違うんだ。

だから、よく吟味して、よく考えて、欲しい気持なのか、必要としているのか、よく見極めて進んで欲しい。必要であれば、あなたの人生は、それを持つことで 大きく運命までも変わる。ただ、欲しければ、あなたは、自己破産になって行くだけだ。誰もあなたの人生の責任を取らない。

アチューンメントも、メソッドも、何もかも、お金がかかる。一つ取得すれば、次のモノはもっとお金がかかる。スピリチュアルは、そういうモノだ。だから、 それを、したたかにかいくぐって行ける「おばちゃん」「おっちゃん」になったら、こういう世界に顔を突っ込んでもいい気がする。「したたかさは、日常生活 の酸いも甘いも噛み分けて行けば、自然と身に着く」。日常生活からして、逃げたい弱い精神の場合には、もはやこういう世界の野犬の群れに、喰い殺されるの もやむを得ない。

けれど、私は、能力のある人は表に出るのは危険だと思う。何故なら、担ぎ出されて、吸い取られ、最後は、見捨てられて、孤独死だからである。そのリスクを 承知したうえで、そのリスクの斜め上を行ける人は、長続きする。そうではないと、無責任に文句を言っている立場だったのが、自身に残る文句を言われる立場 になる。そして、かつてあなたが追い落としたのと同じように、自分自身も追い落とされるのだ。

なんと厳しいことではないか。



スピリチュアルな人の作り方 その2 〜決して綺麗事の世界ではない〜

こんにちは。

誰かが小説で言った。「宗教は心の最後の処方箋」。まさにその通りだと思うが、実際、宗教に転がり込んでくるなかには、かなり「犯罪者が多い」のは事実 で、犯罪予備軍も隠れているのが宗教であり、スピリチュアルの実態だ。

昔から、仏門に下るときには、それ相応の事を現実世界でしてしまって、そして幽閉される意味も持っていた。だから、人を殺めた人等、スピリチュアルにはゴ ロゴロしている。で、彼らに救いがないかと言うと、どうなんだろうか、私は時々、救いがあった人も見るが、圧倒的に救われない人の方が多いと思うんだが。 閉鎖病棟で優劣があれば、寺の中にも優劣がある。寺院や、神社、教会。世の中は、既存宗教以外に、これ程、ミックスチュアなものや、色々なものに溢れてい ると言うのに、何故人は救われないのか。

で、実際、霊能者なんて、霊に能があって、よろしゅうございましたなんて面は少ない。あくまで、法に抵触スレスレのぎりぎりを掻い潜り、丁々発止(ちょう ちょうはっし)の状態である。私は、元々、丁々発止をするのが好きなんです。切り込み隊とでも言うべき、前線に立って、相手と威嚇し合いながら激論してい くのが得意なんですよ。

で、クライアントが逃げたい人や団体から、よく人を護って逃がす事がある。ほんと、丁々発止で、血圧ぼったくり状態の上昇率になる。けれど、相手を揺すっ て、動かして、止まって引いて見せて、また押しこめるという、駆け引き以上の丁々発止をして行ける霊能者と言うモノを、私は今まで見た事はなかった。丁々 発止になろうもんなら、即、ボロを出して堕ちて行く。けれど、それはそういうもんだと思ったし、深追いはしなかった。

我ながら、あっちに花を持たせたような事を言いつつ、こっちで落としと言う事を平気でする(私は外資系の叩きあげ出身だからね)から、迂闊に相手も段々手 を出せなくなってきた。けれど、その技は、何処へ行っても、旨く行く訳ではない。ほんの一瞬、油断したすきに、わきの甘さを詰められる事もある。それを前 もって予見できなかった事は、自分に対する自分の非難となる。

例え、ある程度自己責任でも、私がある程度かかわった以上は、守り抜いた方がいいのか。それとも、自己責任は自分でかぶってもらった方がいいのか。必要な ものを必要なだけ得るのに、何故こんなに苦労するのか。それが、スピリチュアル業界なんだと、私は思っている。

で、犯罪を侵して逃げてきた人を、訓練し直して更生させる務めを、昔、寺は持っていた。また、ちょっとやばい人も、訓練する為に寺に預けた事になる。そし て、自分自身が、もう狂うしか他に選択肢がなかった時に、人が手を出すのが、所謂カルト宗教だと思う。その、見事なまでのテクニックに翻弄されて行く人は 多い。既存宗教でも十分に救いはあると思うが、「既存宗教の団体としてのだらしなさ」が、前面に押し出されたら、もはや、誰も何も言えない。

で、霊能者になりたいと言う人を、今現在でも数人見ている。けれど、正直、これだけ、ひどい犯罪の中で丁々発止をして、十分耐えうるだけの神経をしている 人を実は見受けた事はない。そして、また、己の能力が十分にある人は、まず、こういう状態になる事を避ける。「狂人相手の丁々発止では、負けが厳しい事 を、彼らは身をもって知っているから」だ。

これでも、まだ、道端の霊を救いたいとあなたは願うのか。そして、一度こういう能力が開花すると、好き嫌い構わず、能力はどんどん伸び、あなたは否応なし に崖っぷちに立たされ、命を失うか、失わないか、体のどこを失うか、という状態まで追い込まれて行く。

今日は、理論としての霊能者を例にとる。だから、霊能者が皆そうかと言えば、実は、そういうもんで、犯罪者の懺悔を聞いてしまった時、守秘義務を守れば、 あなたは共犯者となる。通報すれば、守秘義務が守れない噂は宙を飛ぶ。そして、クレームを上手に処理し、公に出てこない処理の仕方が、果たしてあなたの頂 く最初の、車代程度のお金でいつまで出来るだろうか。誠に、牧歌的ではない最前線の姿をお伝えして置くが、開運どころか、恋愛の相談でも、不倫を告げてく る人がいる。それだけならいいが、殺人事件まで思いつめていたり、保険金詐欺まで考えていた時には、精一杯の説得力しか、あなたに武器はない。サイキック で、相手を病ませても、無論、因果として、やったあなたにマイナス3000点であって、何の利益も生じない。

私は、ただ、自分がそれを見たかったり、処理したかったから、安いお金でやってみた。けれど、そうだな、私も疲れた。値段を上げてまでやろうと思う気はな い。

自分では、疲れた。霊能力者と言う仕事をしばらく休みたいと思っている。で、自分はちょっと牧歌的な女神企画に専念して、既存の人を見て行く方を重視して 行こうと少し思う。もはや、丁々発止に、燃え尽き症候群かと言われると、凄まじい攻防戦だからこそ、正直、私自身も係累を護る為に、多少少なくするしかな い。

日本人は元々独特の倫理観を持っていて、そしてそれ故に、個々が持つグレーゾーンでカバーし合うという不思議な特性を持っている。それだけに、集団となる と、グレーゾーンのかばい合いで一段と強くなる。けれど、一段と、間違った方向に進みやすいのも特徴なんですよ。

で、私は、宗教が悪いとか、何だとか思わない。好きならやればいいし、すがりたくなる気持ちは、私が一番よく知っている。常に、自分では寝る前に懺悔しな がら寝る癖がついてしまった(苦笑)。しかし、「守ってくださってありがとう」なんて、言われた試しは実はクライアントからは、そんなにない。私が殆ど楽 屋裏を見せないからだとは思う。それ位の隠し方でいいと、自分では思う。けれど、友人たちには、知られたくない。

自分が欲しかった霊能者に、自分がなってみて、誰か他にも、出来る人はいるんじゃないのかな。ここまで、分かれば後は、丁々発止だけだからね。けれど、理 論や論理を完全に展開できないと、DQNって言うらしいんだ。だから、気をつけて、今日も頑張れ。ここまでひどい事を背負う必要はなくても、ある程度のリ スク管理はした方がいい。

だけれど、心の最後の処方箋。ある人に、処方してみてもダメな場合には、どうしたらいいのか、そう言う事も考えたうえで、チェスをして見てもらいたいと思 う。

「狂人達に敵う理屈はない。」お疲れ、自分。しばらく、牧歌的な超能力者を目指します(笑)。



日本がもっと知りたい

こんにちは。

「何でそんなにルーツにこだわるの?」と主人に聞かれた事があります。自分がどういう血脈の上にいるのか、何でそんなに不安になるんだと。何でそんなに、 自分が日本人であると、思いたがるのかと。

自分で考えたんですけれど、私、考え方がいわゆる日本人的な、「謙遜」を使うのを嫌うんです。本当に立派なのに、「いえいえ、つまらない者で」とか、「仕 事を高く評価された時に、何故日本人は、評価を自分で「謙遜」と言う言葉で、訂正して汚して歩くんだろう」と。立派なのは立派じゃないか。で、すげーだ ろって人の多い中で生きてきて、自分を「最低な人間です」って言って歩く人が、周りにいなかったんですね。まぁ、働いてたの、殆ど外資ですし、いた社会、 USではことごとく、日本人の中にいなかったんで。

一度、サンフランシスコで、レースドールやろうと言われて、友人につきあったんですね。いや、苦痛どころじゃない、レースドールってのは、レースを縫っ て、泥をつけてから、ダーツを寄せて人形本体に貼るんですよ。その頃、縫物なんて嫌いでしたしね、日本人のウェットなお付き合いで、お付き合いで何でこん なもの買うのと。行く日なんか、朝から、家で吠えてましたよ(笑)。

で、元々、人とあまり会話したがらなくて、ともすれば実は黙っている人なんです。しゃべっているのは、気を使っているんです。でも癖です。主人にまで、気 を使っているんで。

一番安心できる所ってどこかって言うと、研究室とか、そういう所で、事象の検証を行っている時が一番心穏やかです。パソコンのパーツをばらして、これとこ れとか、組み合わせを見てたり、ねじを巻いたり、ソフトの動向を伺ってたり、そういう方が実は得意なんです。心理学などでも、データを全部打ちこんで、そ れをグラフ化したり、モデリング作業をするのは、楽しいんですね。私、殆ど今じゃ、日常が研究所のようなもんなんで、日常の作業の中で、あらゆる事を見つ けて、無心にやる方が好きなんです。

恐らく、人の心ほど、捉えどころのないものはないと思うんでね。

引きとめようと思えば思う程、口は回らないもんだし、余計な事も言う。そして、いらねぇと言って、本当に要らないんですか?と聞かれたら痛いものがある。 で、巷の無縁社会って、あれが本当は自分の理想だった。けれど、本気で実践したら、寂しくて寂しくて孤独な夜も、自分で自分の痛さを泣きながら我慢して行 かなきゃいけないんだと思ったら、やっぱ、踏みこめなかった。結局、今になって、凄く自分が不得意な分野の補習を、霊能者と言う職業で取っていると、思 う。そこは、やりたくなかった。そこは、「聖域」とでも名をつけて、放っておきたかった。けれど、人と何処かで繋がる事をしないと自分が、糸の切れた凧の ようになると思った。

んで、自分のルーツを知りたくなった。自分の先祖はどこにいて、どこを生きて、どこをさ迷い、どうして、こんな事をしたんだろうか。あんななのか、こうな のか、考えたくなったんだと思う。で、民俗学を紐解いてみて、自分の存在の中に、こんな歴史があったんだと思ったんだと思うんだね。

ちなみに、本格的にのめったのは、婆ちゃん達の、通夜の寿司桶の件だ。あれは、強烈なインパクトがあったというより、民俗学はいい加減な事を言っているの かと思ったら、自分が当てはまる人だとは思わなかったから、余計に面白くなった。本当か嘘かは、もう定かではないし、恐らくパラメータがそろわなくなった 段階で、ただの伝承になる話もある。けれど、言い伝えがちゃんとあるんだ。

で、そういう事を思い出してから、実は人の瞳について気になっていた面があった。自分は元々は、カラス以上に黒かったんですよ。けれど、それが、薄くなっ ちゃったのね。良く人が覗くんですけれど、こういう瞳なのかとか、こういう人が霊能者なんだと言うんですよ。で、自分で見ても、自分は全く普通なんですけ れど、人によっては、瞳が青い人もいるのですよ。で、主人の祖母が、瞳が青くてね。私の祖母なんて、瞳が「灰色」だった。共に、日本人でね。で、物理的な 色彩ではなく、霊能者ってのは、そういう感じじゃないんですよ。目がね、うーん。写真だと、紺碧なんですよね。私から見るとね。ヒーリングラグーンさんが 仰った瞳の白目が青ってのもあるんでしょうけれど、視える人は、「瞳が紺碧」。

だから、人の写真を拝見する時も、その特性まで見えるから、粗末に見たらいけないと思うんですよ。で、そういう事を知って行った中で、拝み屋さんになる事 とか、昔の僧侶とか、どうやって作ったんだろうなと思って、がむしゃらに日本を考え始めたんですね。

って、USやヨーロッパで、よくルーツを聞かれるんだ。で、説明できない時、悔しい。で、相手に、ろくでもないお宝鑑定を受けると、ほんと、説明できなく てよかったと思う事がある(苦笑)。先日は、TATOOを入れたいって、ある男の子がハワイで言ってて、ちょっとそこで、遊んでるお前、日本人だろと、あ る場所で聞かれたんですね。冷酷と残酷ってどうよって(苦笑)。どっちがぶっちゃけスゲー?みたいなノリで。入れる相手が40歳の金髪オッサンを前提で。

・・・・・・答えに詰まるじゃないの。どっちも、同じ単語でカバーできるけれど、カバーしたくないじゃないの。残酷って言い回しと、冷酷ってのは、冷酷は まだ、会社勤めできそうだけれど、残酷は刑務所の中じゃないの。アリスで言ったら、残酷は赤の女王。冷酷は白の女王でしょう。

って答えてね。スレスレ、セーフセーフで、その人は、透明って彫った(唖然)。

日本のルーツをもっと知るべきだと、その時、痛感したね。何故そこで、友愛が出なかったのかと。世界で、今、最も有名な漢字NO1なんじゃないの。

ウィットに富まない私はもっと勉強すべきだった。ということで、日本のルーツが知りたい。第3世代のような変化を遂げたコンピュータ業界から抜け出した思 考能力の自分が、日本と言うアナログを知りたい。



無縁社会 介護地獄アメリカ

こんばんは。

時々、霊では無縁さんを見かけますが、ほんと無縁って気楽なように見えますけれど、その分背負うプレッシャーは大きいです。前に、NYで、隣の部屋にお婆 ちゃんが住んでらした。広いアパートメントに、ひとりで。恐らく事情はあるんだと思うけれど、お婆ちゃんの流暢な英語に辟易しながらしゃべった事がある。 あまりに、早く巻き舌で、当時の私の西海岸なら聞き取れるレベルじゃ、お婆ちゃんを満足させる事は出来なかった。

で、いつもそこの家は、夜に電話が鳴った。安否確認だなと私たちは思っていた。かなりの高齢で、時にはヘルパーさんが来るのか、その人と歩いていたり、と かく、朝から、美容院で髪の毛をセットするなど、行動範囲が広いお婆ちゃんだった。けれど、当然のことながら、アメリカでひとりで高齢者として暮らすに は、その町がちゃんと、歩いて買い物に行ける範囲に、マーケットがなければならない。

その町は、ワンマイルで出歩けるように、元々が出来ていた。だったから、歩くだけで、ゴディバのチョコレート屋も、アトリエも、鞄屋も、ピザ屋も、アイス クリーム屋も、皆、商店街の所に固まってあった。近所の公立校からは、休み時に、食べ物を求める学生が、飛んできた。ピザは飛ぶように売れ、チョコも、ア イスも売れた。こじんまりしていたが、食の美を追求するスーパーもあった。バッチフラワーまである、オーガニック専門店もあった。面白い街だった。

ちなみにこの街は、アメリカでも有名な福祉のモデリングになる街である。老後の為に、ワンマイルマーケットどころか、自閉症のプログラムも積極的に取り組 んでおり、アメリカの国中から、自閉症を抱えた親が、よく移転してきた。駐在で、欧州で手厚い福祉を受けた人が、USに感激して、結果、帰国を拒みアメリ カに移住したという話も凄く多い。でも、街では、彼らを見かけた事はなかった。微妙なテンションの中、見た目、穏やかに日常は進んでいった。

だったから、薬屋も苦労する事はない。ただ、問題は、この国は保険制度が日本と違い、保険が使えない医師も存在する。だから、同じ保険をネットワークと言 うのだが、ネットワーク内の為に、州の端っこまで、車で移動する事等当たり前だった。けれど、病気をしない限り、お婆ちゃんは独りで暮らしていた。

時に、電話が鳴りっぱなしの日もあった。けれど、どうしても我が家は、上の階の人の暮らしぶりに微妙にバッティングする事もあって、昼間はリビングで暮ら していたから、隣り合わせる場所にあまりいなかったので、動向は実は詳しくは知らない。当時、上の階には、自閉症の子供がいた。で、あまり刺激すると、2 階のダクトから、すすり泣く声が聞こえる。勿論だが、その子がパニックを起こしたら、朝5時から、すすり泣きが聞こえる。夕方、すすり泣く声が聞こえる。 聴こえる度に、長男を抱き上げて部屋を移動した。そこのアパートメントには、割と多くて、うちが自閉症のプログラムを受けると聞いた時は、凄く喜んだほど だった。これであなたも仲間ねと。だが、息子は、その後、1年で語学を含めてプログラムを卒業し、ノーマルラインに追いついてしまう。

自閉症が起こしたトラブルはまた今度語るとしよう。

そんな福祉に手厚いと評判の街で、ある日長男が、プリスクールに行く時に言う。何だか猫の鳴く声がすると。お隣は猫を飼っていない。で、主人が、隣のドア に聞き耳を立てた。「Help me」確かにお婆ちゃんはそう叫んでたらしい。慌てた主人は、コンシュルジュを呼び、ドアを開けた。

中には、半ば気が狂ったような状態のお婆ちゃんが、骨を折って動けないまま、リビングとキッチンの合間にいた。頼りとなる携帯を持ちそびれたらしい。部屋 には腐敗臭である、強烈な抹香臭さが漂っていた。そして、発見されるまで3日かかった。

・・・・・隣に私たちがいながら。

あのね、広いんですよ。あっちのアパートは。無駄に日本なんか、死ねーとか、殺せーとか、言ってると聞き耳たててる人は多いが、あっちはほんと無関心なん ですよ。個人の持ち分が広いから、人のプライバシーなどあんまり気にならないんですよ。気にする人はいましたが。

で、お婆ちゃんは、3日転倒の際に骨を折り、玄関まで行けず、助けを呼べず、水も飲めずにいた。しかし、幸い、運ばれて一命を取りとめた。その後のお婆 ちゃんが気になって、実は病院に行った。けれど、お婆ちゃんは、検査でいなかった。Getting wellと印した風船を花に括りつけて、ベッドに置いておいた。

けれど、やはり、極限状態が続いたので、本当に苦しかったらしく、入院は長引くなら、精神病院へと打診され、その後は身内が来た。入院費は凄く高い。今ま で、何ともなく、子世帯と離れて暮らしてきた日々が、あっという間に変わった。文句を言う暇はなかった。

アメリカは、今、本当に介護地獄である。自己責任という名のもとに、展開したツケはかなりきている。結局、誰が面倒を見ているのかと言えば、高齢者の面倒 は、その家の子世帯の妻が見ているか、たらい回しが多いのが実情なんですよ。高齢者のホームなんて、とんでもなく高い。そのお婆ちゃんは、それでも凄く裕 福な人だった。その街のアパートメントを借りて、ヘルパーさんを雇えるのは、正直、凄まじい金持だったと思う。けれど、その彼女でさえ、最後は、家族の元 にだ。北欧や、他の所は、凄く高福祉だが、高税金でもある。

そして、アメリカをモデルに日本が真似して行こうとしているのを見ると、本当に辛い。老後の面倒と言うのは、ヒューマンリソースが足りない事もあるし、保 障というものは、実は手厚くしてもし足りない。けれど、健康な人は、保障にメリットを見出さないし、必要性に目がいかないから、削りたく思う。

こういう話がある。
生命保険は、もう既に病気の人にとっては、(保障が支払われるので)、掛け金は安いものに見える。けれど、健康なまま終わる人には、(保障が支払われない ので)掛け金は高く見える。で、病気の人は、保障が欲しいから、何としても入りたいと思う。けれど、保険会社が成り立って行くには、健康な人だけ、勧誘し なければならない。

んなもんでね。

昔のケースじゃ、そんな延命治療も発達していなかったから、せいぜい上の世代が生きていてもそんなでもなかった。今じゃ、孫に負担がかかる程、延命が進ん でしまう。けれど、人の命。どこまで、自分の最後を考えて、縁をどう維持していくかは、これからの課題だと思う。そして、縁を金の切れ目で切らない為に も、私たちは、岐路に立たされていると思う。


女らしい事が凄く苦手 〜ひたすら解決を求めない愚痴の連続〜

こんにちは。

私は見た目、物凄く女らしい。その女らしさに磨きをかける事をするんです。無論ですが、これは「擬態」をしているんです。

実はあまりファッションに興味はなく、自分に必要なものがある時は、必ず黒で買うとか、色々、セオリーや、場面のプロトコル分析を自分に持っていて、その 範疇で買っています。

で、ピンクが凄く似合うんですけれど、全部をピンクで持ってくるとか、ジャケットがピンクって言うと、凄くボケるんですよ。で、あんまり上着に白とかピン クとか、選ばないです。時に鑑定で着ているのは、あれはコスチューム上の白のかわいらしいジャケットだと思っています。まぁ、殆ど形式上で着ているので、 鑑定に入るとすぐ脱ぎますが。

持ち物も、かわいらしく見えるものを選んでいますが、実は殆ど興味がないです。それが、宝石の仕立て方にもあるのですが、ベルエトワールの新井さんがどん なに薦めても、かわいいデザインは選ばないです。お花仕立てとかになると、アレルギーを通り越して苦痛になる程(苦笑)です。パパラチアの時は、対面商売 だと諦めて、かわいい形を選んだんですが。

そうですね、割と、ドイツカット等の石や、メンズライクの石が実は好きなんです。枠は華奢にみえるものを選んでいるのは、予算がないから(苦笑)じゃない ですか。

で、無論ですが、友人とのおしゃべりも、友人が「あんたとしゃべっていると、職場の同僚としゃべる気がする」と言われてしまう程、要点ばかり話してしまう 癖がありますし、どうでもいい場の時は、天気の話題とか、ごみの話題とか、そういう話題を出します。ええ、無論ですが、「きゃっはー、かわいい。」とか 「素敵なネイルね。今回は〜モチーフなのね。」「やだ、桜色。」とか、言う癖はありますが、実は、口先ペラペラで、およそ擬態ですが、さしあたって、「人 の手間暇かけたであろう面」を、見抜いて褒める事が多いです。


自分が褒められると恐縮していたたまれなくなります。まぁ、私が手間暇かけているのは、ブログとか鑑定位なもんなんで、あんまり褒めてもらう機会ってのは ないんですが、それでも、服とか褒められると、「本当にいいと思ってんのかな。これ、ただ、プロトコルに沿った買い物なだけなんだけれど」と思う事はある んですよ。

次男の学校に昨年入って、楽だなと感じたのは、プロトコルで擬態さえこなせば良かった点ですかね。こういう時は、紺。こういう時は黒。で、テーラードのよ うなシャツが見える事自体を嫌う癖があるんですね。なもんで、自分はテーラードだけれど、下がワンピースなので、白シャツ青シャツが見えないんですが、な る程、そういう意味で、巷のお受験服ってのはあるのかと、やっと気がついたんですね。

子供が出来て、最初に買ったのは、ハロッズのテーラードでしたが、今は、スカートだけ愛用しています。現在は、セオリーのテーラード+2種類のワンピース ですかね。卒業式のプロトコルを見てきたので、卒業式用に買おうと思うんですがね。鑑定で着ているのは、ボッシュのスーツか、イギリス系ブランドのワン ピースです。体型が如実に出るので、着こなすのに苦労します。

というんで、私は殆ど、好き嫌いより、プロトコルにそぐうかそぐわないかで見ています。ちなみに、私の顔は目鼻立ちがはっきりしている為に、柔らかいカッ トソーとか、ニットの素材とか、似合った事はないです。シャツ素材の方が、どうも似合うようです。襟立っているもの。

私は、割と女らしいと呼ばれる事が凄く苦手で、料理・炊事洗濯に関して、男目線で行う事はあります。けれど、一般的に、男の方が細かいです。それは、プロ トコルとして理解して、機械的に行おうと思うから、パラメータ方式にしたがるんだと思います。故に、私の生活、何でもパラメータです。運転の感覚自体もパ ラメータです。なので、およそ、実はあんまり人間らしさがないと言われる事も、きつい顔をしている時もあります。

で、霊能者って、霊にだけ能があればいいのかと思っていたんですが、実際やってみると、自分が苦手な人間らしさを出して行く事を要求されるんですね。テキ パキビジネスライクってのが、凄く嫌がられるんですよ。で、そこだけ、やっぱり「擬態」しています。恐らく、本質の私は、ビジネス口調が抜けないんだと思 います。すいません。物心ついた時には、既に働いていて(私は高校生から働いている)、働く環境での生活が割とメインだったんで、そういう居り方をしま す。

やっぱり、飲み会とか苦手です。ランチ会とか苦手です。けれど、そうですね、何とかこなしています。同じランチ会でも、パワーランチとか(苦笑)、そうい う得られるランチ会は、凄く好きです。飲み会もそうでしたね。恐らく、人のまとめようもない、取りとめもない愚痴を、延々聞いているのが、苦手なんだと思 います。まぁ、女性は、取りとめもない、まとめようもない、答えのない愚痴を、延々展開する事で、ストレス発散としますが、私は、それが苦手です。

で、集団にいても、結構冷めているのは、恐らく、答えを導かない愚痴の吐き通しを、ずっと「答えを出さないように聞いている」のが凄く難しいからじゃない かと思います。解決すれば、前に進めるのにと思いますが、どうも、解決したら負けって所が女性の話題の中にはあるようです。まぁ、そういう点で、何でも解決したがる朋の中身には、実は小心者のおっさんが入っています(苦笑)。


ギャンブラー自己中心派 〜あなたは思いあがっているにすぎない〜

こんにちは。

先日まで、場が読めない人に対する事をお送りしております。自分の無意識に、「訓練」「擬態」すると言う事をしようとか、自分の事を主張しすぎて、人の聞 いてる事を無視するようなそういう自己中心的行為が、場を読まないと言う行為だと話をしてきました。けれど、実は、生き残る為に必要なディベート術とし て、手っ取り早く輪の中に入るには、実は、ディベート術としてそういう術があるんだという事もお話をしました。「事実だからいいじゃん」と思う相手への配 慮ない言動は、極めて自己中心的な行為で、ついでに言えば、場の空気をクラッシュします。

で、自己中心的な人や、頓珍漢な人と言うのは、割と多いもんなんですよ。で、根が天然かと思う程、協調性もない。無論ですが、主観で生きている為に、人の 評判を凄く気にします。主観で生きているんじゃ必要ないんじゃないの?と思われがちですが、主観で生きるからこそ、他者の評価を絶えず気にします。

基本的に待てない人でもあります。他者が、それに対し、アクションをするであろう、その時間を待てずに、延々としゃべり続ける人でもあります。けれど、実 際には、凄く小心者です。その割に、人のミスは、絶対許しません。自分が我慢する事があろう事柄の上なら、尚更に、「自分はこれだけやったのに」「自分は これだけやってあげたのに。」を振りかざして、糾弾します。相手には言わせないで、思った事をしてやった。だから、自分にも同等で返せと言ってるんです。 それ程、自己の行為の他者からの評価が凄く気になるんです。自分の行為に満足しすぎると、自己満足だけで、もっと空気読まないで、外されていきますが。

自己中心的に周りを振り回す人は、結構います。およそそうでもないような顔をして、結構な自己中心的な人は精神世界に多いです。自分が満たされなかった思 いを、まず昇華してから、仕事を始めればいいのに、昇華しながら仕事をしようとします。無論ですが、昇華しきれてないポイントに、クライアントが引っ掛か ろうもんなら、凄まじい勢いで、糾弾してきます。クライアントと共に成長型というのは、非常にいいのですが、あまりに未熟過ぎると、自己中心的すぎ、テク ニックや能力ではカバーしきれないものは多々あります。それを人徳がないと申します。

人を振り回すのは好きでも、人に振り回されるのは嫌いな人が多いんですね。で、正義の為に、自分が正しいと思った事は、絶対白。しかも、純白の白ではない と嫌だと言いたがります。白と言うのは、生成りの白もある訳で、アイボリー系統の白もあるんですが、断然白と言えば、オフホワイト。下手すれば、ホワイ ト&ホワイト。凄まじい白の状態です。多少しみがあると、漂白剤と言う浄化要素を使って、強制的に相手を漂白しようとします。

うーん。滅茶苦茶、迷惑な奴ですわ(苦笑)。でも、私も前はそうでしたし。今でも、そういう自分であり続けたいと思う面があるんですが、徹底的にそういう 機会は潰されています。適度な自己中心は必要ですよ。けれど、自己中心も、自分の範囲なら持ってらっしゃる人徳でカバーできます。集団だと、あなたがボス になるか、追い出されるかの、ギャンブルになります。

孤独に追いやられて不平不満の多い人は、そのギャンブルの負けチームにいます。けれど、そうですねぇ、皆が皆、あなたと同じ考えでもないし、絶対つるまな きゃって思わない人もいるし、あなたを負けだと思わない人もいる。けれど、あなたの認識では、「負け」なんですよね。あなたは、自分色に、人を一回、漂白 (ブリーチ)して、染め直してまで、支配したいんですね。けど、勝ち負けあると、美容に良くないんで、ここら辺でひとつ、勝ち負けのある所から、それをな しにしたらいかがですか。もう、賭博場を出ましょうよ。冷や冷やして、生きた心地つかなかったでしょう。競争社会と言うのと、自己中心の賭博場は、ちょっ と質が違うんですよ。

どうです、一服しに外に出ませんか。

自分がその場に受け入れてほしいから、何が何でも人を振り回すのではなく、その場に受け入れてほしかったら、どういう人がそういう所に多いのか考えましょ うよ。で、受け入れてほしいと思うなら、自分色で人を染めるより、「擬態」して染まった方が、断然早いです。そして、自分自身、その色の中で、多少の個性 を打ち出せばいいんです。

青って沢山色がありますよね。コバルトブルーでも、ちょっと面を変えたら、玉虫色に光るとか、そういうちょっとしたオリジナルのだしさ加減なんです。あな たが、相手は「してくれない」とばかり思うかもしれませんが、「してくれない」ばかり思うんじゃなくて、「してくれたところ」から数え上げましょうよ。

そして、「してくれ」「やってくれ」「自分が思うような形に、自分が言わなくてもやってくれ」と思うのは、止めておきましょう。

だって、あなた、それ人に出来ないですから。あなたがしていると思っている、「人が思う形に人が言わなくてもしてあげている」行為は、邪悪の支配そのもの ですから。



言いたい事と言える事

こんにちは。

人は、本当にダメだった時など、事前に策を打てば未然に防げる事だけれど、そんな事もしないで、ひたすら、現状に愚痴を言う人は多いもんです。自分で自分 の事が想定できるなら、あれやこれや、終わった事に対して愚痴を言うより、これから先、あなたが引き起こすであろう問題を、どう処理していくか考えて行っ た方が、今からの自分の為にはなると思います。

人の中で、嫌がる役を引き受ける人は少ない。けれど、その人にまかせっきりで、何も考えず、その人がいなくなって改めて悩むと言う事は良くありますし、昨 日まで、人の尻馬に乗って糾弾していた身の上が、本日糾弾される身の上に変わりましたよと言う人は、幾らでも居るんですよ。

空気を読めない人は、今、「何を尋ねられているのか?」という事を把握しないで話します。ですから、「自分の言いたい事だけ話している」訳です。

無論ですが、他の人がキャッチボールをしていて、その情報が必要であればある程、正直、心ない行為と取られて、場を追い出される事は良くある事です。自分 がそんなにそれを話をしたいという事を自分に認めて、けれど、今はその場ではないと、我慢をするのは必要な事です。いつも忍耐してろとは、誰も言いませ ん。誘い水をかけてもらえない人は、また違う意味合いで、誘い水が掛けられないのです。

全体で自己紹介させる時、お題を設けた方が話手には楽だと思います。けれど、時々、自分の順番が来るまで、あーでもない、こーでもないと考えて、自分の中 で、文章が膨らんで、収拾がつかない人など多いです。ついでに言えば、自分の中で、「お題」を与えた人に対して一言言いたくなって、お題とはかけ離れて、 遠まわしな糾弾を重ねる人もいます。どの道、不毛です。空気が読めない中には、両者とも入るんですが、いや、ひそかな悪意をこめて言うか、ただ、収拾がつ かなくなるのか、人の迷惑や時間配分を気にせず出来る人を、私は正直、成長過程なのだと思います。

私も昔はそういう時期があり、長男を指導してらした女性の先生に、時々ご相談申す事もありました。けれど、長男が幼稚園に入った時に、その考えを改めたん です。自分には、分からない生活をこれから子供は幾らでもする。知らない世界だけれど、知らなくていいじゃないかと。で、久方ぶりに、その先生と話をした 時、「あー、そういう時代がありましたね。」と申したんです。自分は、その時、ひとつ成長し、抜けたんだなと思いました。

何でもかんでも、人に確かめなくては進めない事等、幾らでもありました。人に確かめずに進んで怒られる事も、何でも確かめなくちゃいけないという焦燥感で 私も一杯だった時があります。

シャツのアイロンって、厳密に言うと、そこが綺麗になっていると、全部綺麗に見えるポイントってのがあるんです。掃除もそうなんですが、掃除だともっと簡単で、四隅なんです。中央に汚れがあっても、四隅に埃がないとか、そういうポイントで人は見るんです。自分は、恐らくその手抜きポイントしか、やっていな いんです。その手抜きポイントがあまりに綺麗なので、評価は、丁寧等を受けます。

人はあなたが何が何でも、援助しなきゃ生きていけない生き物じゃないんです。けれど、時にお節介な人は、ほんと必要以上の援助を人にします。けれど、お節介が過ぎて、余計なお世話になる事多いですし、支配と勘違いされたら、せっかくの親切ポイントは、減少します。

人を見守ると言うのは、前にも出てきましたが、あなたが場を仕切らなくても、場は進んで行きます。地球を背負うような悲壮感をあなたが持つのは、あなたが、「他の人はあてにならない」と思って拒絶しているからです。他の人の良さも取り入れつつ、進めるのは、困難そうに見えますが、皆で荷物を持つので、自分の負担は断然減ります。

自分がやりたいこと、自分の興味、自分、自分と言うのは、大人気ないという言い方では納得できないでしょう。自分自分言う、霊能者なんて幾らでも世に存在 します。彼らは、何でも「自分のおかげだ」と申します。けれど、本当にそうですか。あなたが、夕食に頂くその米は、霊能者さんのおかげですか。あなたの飲 みたいコーヒーや、お菓子は、霊能者さんのおかげですか。違うでしょう。自分だけでは、世界は成り立たないんですよ。もし仮に、そいつのおかげで、就職で きたとしても、あなたが努力せずに、霊能者さんのおかげでリストラされずにいるというのは、至難の業ですね。定年まで持ってくって、公務員だってどうか。

必要なものを取引するのに、言葉は生まれたんです。ですから、あなたについて、聞かれていない時は、「聞かれている事」を認識し、「言いたい事と、言える 事は別」だと思ってください。

ちなみに、そう言えば、そういう人多いです。けれど、自分も時たま、そうなりたい時があるんで、特に言及したりしないです。そして、人がそうなった時も聞 いてます。あくまで、ドン引きしない事を仰る場合のみですけれどね。いや、世の中、ほんとドン引きする事平気で仰る、そういう概念の持ち主、結構いらっ しゃるんでね。



不完全な自分自身 〜空気の読める人に自分が変わる〜

こんにちは。

雰囲気を良く読めとよく巷は言いますが、人間、不完全さを身をもって知るのは一番は自分自身であり、自分自身の中の「不条理」に最初は悩むと思います。無 論ですが、自分ほど完璧ではないものはない。完全と言うモノになろうと、人は足掻きもがき苦しみます。けれど、どこまでやっても、完全でもない。むしろ、 自分を窮屈にすればするほど、「自分が窮屈に我慢しているのに」と、人が侵した事に関して「許せない気持ち」が溢れ出てしまいます。

そうですね、ある程度、自分自身に対して、選民意識を持ったりすると余計に、自分自身が「守っているしきたり」が当たり前だと思いこんでしまって、人がそ のしきたりを破ると、猛烈に怒るんですよ。その、守るしきたりを、「意識して」守るから窮屈なんですと言うことは、擬態で書きました。けれど、それ以上 に、あなたは、本当に、「他者の心にあるしきたり」を全く破っていないと、今ここで断言できますか。

村は数ありますしね、コミュニティがあれば、その数だけしきたりが出来ます。そして、あなたは、その沢山のコミュニティの中に入ろうと思って失敗するの は、あなたの中の「しきたり」が、あまりに強すぎて、他者を受け入れないからじゃないですか。

人は完全じゃない。自分が完全ではない事を、認めてしまえば、あとはほんと、他者も完璧ではないし、自分が「うっかりやってしまっても」、ごめんなさいね で済んでしまう。けれど、自分が完ぺきであると思い込んで、その場を糾弾する人も多いんです。相手を徹底的に叩く人も多い。けれど、良く考えてください。 相手は、あなたが今、糾弾したい分野から見れば、致命的なミスを侵したかもしれません。でも、それ、他の視野で見たら、実はどうでもいい事なんじゃないん ですか。あげ足とりって言われても仕方ないんじゃないんですか。

私は、字を猛烈に知るんですがね、じつは、PCを使う性質上、やっぱり書く時に間違えるんですよ。現在も、対面で、ホワイトボードに書き出す時も、「ハイ ハイ、間違っていると思うけれど、ニュアンスで読んでくださいねー」とは言います。で、PTAで誰かが間違えようと、私、そんなに何が何でも今、この場で 訂正しなければ、というつもりもないっすね、「あぁ、間違えてる」で終わっちゃいます。議会進行滞りない方が、優先度高いからですよ。

自分のブログも時として変換ミスやタイプミスがありますね。人もそんなもんだと思いますね。けれど、自分に厳しくしようとすると、字の間違いばかり気に なって、内容がどうでもよくなっちゃうんです。伝えたい事があって、勢いで書くので、スピード感があります。そうなると、後で恥ずかしい変換ミスは、直し ておきますが、そうでもないどーでもいいと自分で思うモノは、あんまり手直ししないです。手直ししてばかりで、次のエントリの内容が、手薄の時に使う定番 の、交友録だったり、本日の外食のメニューだったりしたら、このブログの意味はないと思うんですね。

ですから、自分は自分の欠点は認めているし、人もそんなもんだろうと思う。それによって、行き違いが出るような事があるんなら、自分の場にそれが回ってき た時に、黙って訂正して置く。

人の失敗を論う(あげつらう)ことは、自分の失敗を数えるより、すごく楽な事です。人は誰も、楽な方角に流れたがります。また、人を笑っている時、自分は 本当に笑われないまま、一生貫けるのかと聞かれたら、「そう努力します」と宣言した段階で、心はすぐにでも折れそうになります。我慢というプレッシャーを 自身に背負うんでね。

けれど、ご自身だって、あらゆる場面に精通した訳ではないので、それはそれで見て観察する必要はある。自分アピールして、見てみて、私構ってという、ペイ ミーリトルアテンション(Pay me a little attention)をすれば、そりゃ、人はあなたの方角を向く。けれど待って。それが、空気読めないと言われている理由よ。

私も含めて、人の中に入って行った時に、生き延びる為に、場に置いて、自身に有利な話題にもって行こうと無意識にする人は凄く多いんです。それは、ディ ベートの最初のポイントだから、ディベートをする時は凄くいいのね。けれど、あんまり、自分の方に無意識に持って行こう行こうとする要求が高いと、やっぱ り、場の雰囲気を読めないと言われて、場の調和を乱すんですよ。

今はね、ディベートの輪でもない。あなたの状態はよくわかった。あなたの自己顕示欲で、あなたは随分場所を追われたはず。今度のあなたは、そこのコミュニ ティに、どれ位所属するつもり?長くいたいでしょう。受け入れられたいでしょう。だったら、一気にやらないの。少しずつ、あなたの良さを、態度で出せばい いの。言葉で出すんじゃなくて、あなたの場の調和も読めるクレバー(賢さ)をアピールするなら、やはり態度でも示しましょうよ。相手を一旦受け入れるって のは、あなたが無意識にやっている、ディベートのもっと基礎なんですよ。

相手の言う事を、ちゃんと聞いて、全部言い分を聞いてから、「but・・・」で始めるんですね。で、あなた、そそっかしく、殆ど聞かないまんま、 「but・・・」ってやっていませんか。もしくは、「By the way・・・(ところで)」と話を逸らし、人の大事な話したい事を、流していませんか。空気を読むって事は、そういう事。「相手が何を望んでいて、何をし て欲しがっているか」、ちゃんと把握してから動きましょうよ。あなたのやりたい、そのあげ足とりは、大きな物事の流れに、そんなに大事な事?あなたがここ にいるって知らしめることは、そんなに優先度高いの?

そうではないでしょう。相手が何を望んでいて、何をして欲しいのか、今日の場は何が必要で何を用意したらいいのか。

あなたの自己アピールではない事は確かですよ。そして、「その相手のニーズをきちんと把握することが、空気を読むって事」なんですよ。

そして、自分自身をアピールしたいが為に、そんなに躍起にならない。自分が間違った時、自分が他者のしきたりを超えてしまった時、弁護のしようもないか ら、まず、相手を良く見ましょう。そして、自分が持っている頑ななしきたりがあっても、今日はそれをどこか棚上げにしておきましょう。あなたも完璧でもな いし、私も完璧でもない。お互い、いいじゃないの。それで、死ぬわけじゃないんだから。

「相手をよく見るって事は、相手を受け入れる事」。自分を厳しく律したりすると、相手を受け入れられなくなってしまうんですね。必ず相手は、あなたの決ま りのどこかしらを破る生き物なんですから。だから、相手を受け入れると言う事、イコール、自分は不完全であり、自分も人に迷惑をかけて生きている存在なん ですって、まず認識しましょう。そうしたら、自分に厳しすぎて、窮屈過ぎて折れそうな心が、少しほっとするから。

相手を受け入れにくいと思いますけれど、最初っから全面的に受け入れたら、極端な話、教祖と信者ですわ(苦笑)。ですから、極端に走るのではなく、まず、 相手のニーズをキャッチするところから始めましょう。その為に、あなたは自分自身の中の不条理な感情も、「人間ってそんなもんだ」と、受け入れてあげてく ださい。「自分を受け入れないものは、他者を受け入れる事さえ、出来ないです」。

自分が失敗したら、「おお、みごとな失敗だ。私も人間だったんだなぁ」と思って、次から気をつければいいこと。「失敗を恐れず、怖がらず、自らを受け入れ てあげてください。」

まっ、場があったら、参加できるものは参加して、隅っこでお茶でもお酒でも飲んで、相手方のニーズを見極めて、そのうち慣れてきたら、相手のニーズを尊重 しながら、すこしずつ、展開なさればよろし。




受け入れるって言うと、やっぱり、「素晴らしいお話です。ブッダさま」ってアナンダのボケがやはり必要ですわね。

愚者の楽園 〜知らなかったよ、フールズパラダイス〜

こんばんは。

恋愛って難しいですね。自分が求める程、相手は逃げ去り、相手が求めれば自分が冷えて行く。まさに恋愛のパワーバランスは、微妙な駆け引きが必要ですね。 けれど、いつも世の中で、相手が求めている事は、

「自分を愛してくれること」

であって、あなたを愛す事より、愛してもらう方が強いような気がしますね。
時に、尽くして尽くして尽くし切る人も、「愛してもらいたいから尽くす」訳で、尽くしてもらえる人も、「尽くしてもらえると、愛してもらえている気にな る」から、求める訳でね。

自分が相手を愛するだけでいいじゃないかって言いだしたら、世の中、恋愛がおひとりさま遊びになっちゃいますんでね。それ程、愛してもらうって他者からの 行動を要求する事を、「承認要求の欲望」と申します。相手に受け入れてもらう、マズローさんのまず、結構低い程度の要求ですわ。ですが、これ、成り立たな いと、元々恋愛じゃなくて妄想になっちゃうんで、ちゃんと満たされた上でのカップル成立となります。

けれど、恋愛はいつでも、相手の挙動が気になる所です。で、そんな私はどうかと言うと、やはり主人の挙動も気になります。で、時々、引いたり、押したり、 相も変わらず、結婚して20周年になり、ついでに子供が二人いながらも、相変わらず、夫婦は、押したり引いたりしているんでございます。そして、それを喧 嘩し合いながら、夫婦は独自で分析し合い、結果、「なぁーんだ。ね、君。」「そうですわね。」となるんでございます。ハイ、ごちそうさまですか(笑)。

ですが、これが、よく最近思うんですが、生年月日で数秘というのが割り切れるんですが、よく数秘9の男に限って、タスク処理がほんと遅くて「何考えている んだか、分かんないから離婚したい、別れたい」って言われる事多いんですよ。たまたま、数秘9ってのが多いだけだと思うんですが、何考えているか良く分か らない男の人は、過去も現在も、恋愛や結婚事情から、脱落気味な所は否めないです。

姉さん女房にでもなると、「んまー仕方ないわね」という許容力と包容力で何とかしてもらえると思うんですが、ほんと土壇場で、顔色一つ変わらない。けれ ど、ちゃんと男の子本人は、ピンチは知っている。顔に、思う事が出ないって、才能だと思うんですけれど、それでも、恋愛のような、プチ駆け引きではやはり 立場断然、弱いです。

けれど、いつだってクールに見えて、カッコいいんですが、やっぱり、土壇場の修羅場で、「あー何も考えていなかったかぁ。」と失望する女性は多く、割と恋 愛相談を巷で読んで分析していると、そういう傾向がある男は、ほんと自らを、何とかしゃべるように持って行かないと、破綻が多いです。子供が生まれて安心 して、しゃべらなくなる奴がいますが、結婚生活は、何十年経っても、維持の努力を欠かしてはいけません。無論、女性も綺麗でいようとか、小奇麗にするの は、夫婦から赤の他人ですから、当たり前の事です。

さて、愛してくれる事が簡単に分かる事と言えば、やはり言葉ですね。黙ってケーキを延々と買い続けるのもそうですが、心に浸みいる行動と言えば、やはり言 葉です。パルプンテと巷では名が高い、「妻に愛していると言う」行為ですが、やはり、欠かさず、時々、隠しイベントのように発動する方が、効力は強いで す。ええ、数秘9の男が、ある日顔色を変えずに、「結婚しよう。」と言う程、効力は高いです。連発しすぎると、「やっぱこの人は、何にも考えて言ってない んだ」って言われます(涙)。

愛してくれているという満足感があると、女性も男性も、自身がおかれる境遇が例え、ちょっと落ちぶれても、それにて万事オーライになります。ですので、そ ういう点でマズローさんの説は、まずマズロー、という駄洒落で収まります。

で、それ程この承認要求は、強大なのかと言いますと、帰属要求と同じ位置にあります。ですので、承認されて受け入れられて、愛されると言う事は、無条件で その人がある人の彼女や彼になり、最後は社会的にこの承認要求が、夫や妻という肩書きを連れてきます。最後は、XXちゃんのパパ、ママとなり、祖父母とな る訳です。

不倫では、帰属欲求は満たされないんです。

ですので、愛しているよ、愛されているだけで、不倫が収まらなくなるのは、この帰属欲求が満たされない。社会的にいつまでも、「忌みモノ」になり続けるか ら、やはり破綻するか、続かない事が多いです。なんせ、要求はその上には、もっともっとあって、最後は、自己超越まで行く訳です。不倫で足踏みをしている 人が、不満に思うのは、幾ら経っても、自身への感じる価値観や、帰属社会が、そのまま変わらないからです。

結婚に至る愛は、そのまま、帰属社会を作り、社会の中でも、「おっ妻帯者になったか。じゃぁ、査定を」と言う反応を受けます。そして、子供でも持つと、 「扶養手当」と言うものも、どんどんついて行きます。妻一人では得られにくいものを、子供がいると、得られやすくなります。

故に、「愛している」がどんどん形を成すのですが、人間、形だけで愛は伝えきれません。ですので、言葉に出したり、パートナー同士のコミュニケーションが 本当に大事だと思うんですね。何で好きなのか、ちょっと言ってみる事も必要だと思います。

愚者の楽園。恋愛し、浮足立つ者はいつだって、愚者と呼ばれますが、私は人間はそれでいいと考えます。孤高に生きるより、崇高に生きるより、おひとり様で 生きるより、出来る限り、沢山の人に愛してもらって、支えてもらって、それを確かめつつ、進む方がよっぽどいい。

愚者ばんざい。


あっという間にストレスをためる方法

こんにちは。

投薬が変わったので、「何か変わるかも」と思って、自転車で学校まで行って、(まだ続いている)PTAに顔を出してきました。自転車をこいで、しばらくは 良かったですねぇ。「楽勝楽勝、イケてる。いかちょろ(如何にもちょろいの略)だ。」と思って図に乗ってですね。投薬次第で変わるんだと。ブラボー、チク ショー、医学に完敗って感じで(笑)


・・・・・まぁ、その10分後に、やっぱ、失神のビッグウェンズデー来襲。無論ですが、PTAルームで、横になって足を上げた途端、すっと意識が無くなっ てしまいましてね。そんで復活かと思ったら、今度はやけに胸が重苦しい。気持ちが悪い。これはいかんぞと思った。滅茶苦茶やばいじゃないか。で、周りに伝 えて早めに帰らせてもらって、

そして休んだような午後2時。やっぱ、来た来た、超ウェンズデーならぬ、13日のフライデー(苦笑)。ゲロゲロ吐き、ニトロをなめてもどうしようもない。 経験から行ってこれで病院に行くと、思うような結果には出ない。けれど、目茶目茶苦しい。

で、自分で「自転車に乗って小学校まで行く」「新処方に馴染む」事自体、禁止なんだなと思ったんですね。で、自分はそういう時に、あっさりと、そういう事 を「無意識さん」に叩きこんでしまっておしまい。自転車に乗れない事で、起こりうる全ての感情とか、そういう派生する事は一切考えない。今度は、自動車で 小学校まで行く。それで出来る範囲を考えるんですね。

けれど、ストレスを圧倒的に溜め易い人は、これがほんと、脳裏に残っている。恐らく、出来ない「衝撃」があまりに強かったんだと思う。衝撃が強すぎて、自 分の心の中の、積み上げていた積木が崩れ落ちるのが、鬱の人の特徴。こういう人は、それを超えるどころか、崩れた積木の状態さえ、

「あっ崩れてしまったか。まぁ、じゃぁ、これをこのままで行こう。」

とは思えないんですね。断然、許せない。今まで当たり前としてあった事を、当たり前になるだけ返せって事になる。そうなると、出来ないからこうで、出来な いからあぁでとなると、痛みに真面目に前から向き合うから、途端に病んでしまう。超えられない壁が、凄く高くそびえる気がする。

ホーリーバイブルとなる聖☆お兄さんで、いえっさとブッダは、自分達の荷物が多くなりすぎて、狭い1Dk、結局しまいどころがない。整理して捨てるとか、 引越しするとか、色々考えるけれど、どうにも捨てられないモノが多いらしい。そして、解決策を見つけるどころか、あまつさえ、ブッダは、ハイテンションに なって、「荷物の上で自分が浮けば、天界式収納の出来上がりだよ。」とひらめく。もはや、そういう土壇場の開き直りが本当に重要。

もう、「修羅場で土壇場の人」は、開き直るしかないんですよ。

開き直って、逆にその状態さえ、茶化して笑えるようになれば、自分の状態に対して、凄い衝撃はないんですよ。衝撃がありすぎて、事実を見つめすぎるのもい いんですけれどね、事実は何一つ、変わらないって。

ただ、「受け止め方」ひとつで、事実への「認識」は変わりますよ。「感じ方」がドラスティックに違いますよ。変わりますよ。軽くなりますよ。

出来なくなった事を、出来ない出来ない、元に戻したい、前はああだったと言う人に限って、凄く失って初めて、そのものの有難みを知るんですよ。失うまでは 恐らくそんな大事にしていなかったと思いますよ。だって、もし大事にしていたら、結構スキルアップの方法とか自分で考えておきますもの。けれど、ろくな準 備をしていなくて、「あることに胡坐をかいている」状態だった訳ですよね。

失った途端、凄まじく「未練と執着」で動けなくなるんですね。そりゃ、お気の毒ですけれど、今まで、自分の生活の全ては、「あって当たり前」だと思い込み 過ぎたんですよ。あって当たり前、与えられて当たり前だと思いこんできた、生活の中で、子供は大人になる時、その守られた環境を一旦失うんですよ。そし て、大人である間、何度でも失うチャンスが出てくる。

だからこそ、守られた環境を維持していくのに、大人は凄く努力をするんですよ。ただ、与えられているだけじゃないんです。

けれど、努力もしないで、今更になって、熱意を語っても、誰も元の場所に戻してくれはしない。それだけの価値が、あなたにはないから。あなたは、与えられ る事を当たり前と思い、与えられる人間に成長できなかった。与えられている期間に、気がつけば良かったけれど、その期間はそもそも、個人個人で、物凄く長 短が変わりますからね。

で、私も、実は心臓病と真っ向から向かい合っていない。痛みが抜けたら、他の事を考えるようにしているし、事実忙しい。けれど、自分は知っているんです よ。痛みだしたら、他の事を何一つ、出来なくなる。だから、その間にやっておこうってね。けれど、あまり根を詰め過ぎると、また痛くなる。程ほどと言うモ ノを、自分の体に合わせて覚えていますけれど、結構、私の周りって無茶言うんですよ。

いや、ほんと、そういう時を狙うのかと思うほどでね。けれど、自分はそれでも、そういう人に愚痴愚痴と言わない。そういう時に限って、押しつけて、逃げた くなったら、そりゃ仕方ないじゃないの。私も逃げる時あるもん。で、「問題は、どうこなすか。」でしょう。

押しつける人の行為なんて、論っている暇はないんですよ。その人を説得するとか、怒鳴っていても、何一つ、状態は改善しない。おざなりな謝罪の言葉を貰っ たら、それでうっ憤が晴れるか、それとも、今度は「おざなりだ」って所に頭にくるかもしれない。最初から、そんなのにフォーカス当てるより、事実を解消し ていく事に努めるべきだと思うんですね。

で、恐らく悩まないと言うか、多少はその場で憤るかな。けれど、物事をスムーズに動かす方法を考え出したら、そっちが忙しいし、割と、そういうギュウギュ ウをこなす方が楽しくも思える。「出来ないこと、我慢しなきゃいけない事を心の上に持ってきたら、凄く息苦しい」けれど、どうこなすか、その中で何の楽し みがあるか、見つけたら、正直、苦しさなんてないでしょ。

心というものの、奥底に入れる必要もない。捨てちゃえ。

と言う訳で、私は水曜に新しい処方を貰ったんですが、昨日猛烈な副作用に悩み、本日薬を抜いて、先ほどやっと薬の効果が抜けて、足の痛みや筋肉痛、ひどい 低血圧が治ったんでした。けれど、失神女王に関しては相変わらず、前進もない。むしろ、後退した。けれど、またいつかどこかで、自転車にトライする日が やっぱり(苦笑)あると思う。(笑)。様々な形で。痛い目にあっても懲りてないのかな。

まっ、いいんじゃない。あらゆるキツキツのその中で、最大効果で今年のこの一カ月を目一杯楽しむ事。これ、私のミッション。



カリスマ教祖候補からのお誘いを上手に断る方法

こんにちは。

先ほど、黒朋さんが降臨して書いてまいりましたが、カリスマ教祖のなり方は、「一心不乱に欲望に忠実に狂う」という事でございます。では、次に、その狂っ た狂人であるカリスマ教祖からのしつこいお誘いの、お断りの方法でございます。

どこかの宗教団体が好んで使う方法に、調伏というのがござますが、教祖候補は既に狂われたお人です。無論ですが、他の職種にも得てしてこういう人はおりま す。ですので、しつこいお誘いに対して、「相手を変えよう」とか「相手に分かってもらおう」という努力は、砂の城でございます。

これは、「マイスイート邪悪」ですので、邪悪は変わる事がございません。また、会社の都合で邪悪になろうと、これもまた、その会社で飯を食う訳ですから、 多少の心の痛みも切り捨てなきゃ、その方も野垂れ死にです。分かってて「やる」人には、説得するだけ無駄なんです。分かっててやる人を、説得できるのは、 その人に困らないだけの金銭補助が出来る方です。まぁ、これをちらつかせると、一旦は調伏されたように見えるこの人。実は「金持ってトンずら、お前は切り なし」の機会を狙っている事が多いです。

洗脳と言うのはそういうものなのかと申しますと、そうですね。一旦染まると、中々抜け出せないもんなんです。けれど、あまりにお布施をしろと要求が厳しい 時には、「出来ない理由」を言う必要はありません。勿論ですが、相手も聞いてません。ですから、「何が出来ないのか。」申し上げるだけで結構です。相手 は、「できる」と言う言葉を引き出したくて、あれやこれや工夫します。ですので、「できません、できません、できません、できません。」多少壊れたねじの ように申し上げるのもテクニックの一つです。相手を見習いましょうよ。

何でも自分の情報を開示してしまいますと、またそこから、教祖候補は、どうやって金勘定をするか、瞬時にフル回転してしまいます。ですから、そういう時に 相手を止める方法はひとつ。「情報を流さない事」です。

ええ、それでなお且つしつこく食い下がっても、「要らないんで」と言い続けるしかありません。世の中、こう申します。

「智に働けば角が立つ。情に棹差せば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくこの世は住みにくい。」

まさにその通りなんです。ですのでね、情に絡めてこられても、「どーかなー。」で、はぐらかす事も大事なんです。とっても真面目に考える事は、いつも必要 です。相手の目線に立った考えは、必要です。けれど、教祖候補の目線では、あなたは、金の入った蔵にしか見えてません。ですから、見るだけ無駄です。真面 目に、どの人にも、臨機応変ではなく、同じように対峙してしまえば、そりゃ、騙される事もあります。けれど、臨機応変に、あぁ、邪悪対応マニュアルは、これ(左脳邪悪シリーズ)と、付き合 い方を変えるべきです。

だって、あなただって、身内と、親戚と、姻戚と、他人と、子供が絡んだ他人と、付き合い方、変わりませんか?

変わるでしょう?何でも同じに付き合うのは、それはね、「馬鹿」ってんですよ。表しかないと言いきって歩くのは、「馬鹿の看板背負って、本日も絶賛歩行 中」という状態にしかならないんですよ。人間は、夫に対する顔もある。親に対する顔もある。兄弟だけでも、それだけの顔がある。本当に微妙でも、顔が違う んです。そうでしょう。それを使えばいいんです。

ですが、完全に言いまかせる事は出来ないんです。だって、あっちはそれを承知の捨て身アタックですから。経歴に傷がついたら恥ずかしいと思わないのかと か、警察沙汰になって困らないのかとか、法に抵触して訴えられても困らないのかとか。そんなの思ってたら、こーんな鷺(詐欺)を飛ばせないんですよ。そう いうのは、もう捨ててるの。だから、言うだけ、徒労。

ですのでね、再度復習しておきますと、「結果だけ伝える。」「自分の情報はなるべく開示しない」事が大事です。信頼を得る時には、情報開示はとても意味を 持ちますが、あなたは、自分をカモろうと思う人の信頼を得ようだなんて思わないでしょう?

ですから、情報開示を極端に絞れば、相手にはもうちゃんと分かっています。ただ、相手が空すっとボケているのは、すっとボケないと、こんな詐欺師の初歩 で、最初からもめるからです。そうなると、カリスマ教祖までたどり着けません。時折、物分かりがよさそうに、分別を見せるのも、カリスマ教祖のテクニック ですから。それ以上、追い詰めるのはだめ。相手は狂人だから、ほっとけばいい。自滅していく事を待てない人は、そっちが病の領域だと思われても仕方ない。

泣いて頼んで、脅して揺らす。煽って、おだてて、絡めて落とす。相手の基本テクニックさえ分かっていれば、対応策はおのずと見えますわね。

ごきげんよう。



正しいカリスマ教祖のなり方

こんにちは。

霊能力を遺憾なく発揮する為に、現実での必須単位は何かと申しますと、「説得力」、「ディベート術(話術)」、そして「交渉力」です。

ええ、この三大単位の他の、人との調和力なんてのは、上記三単位を取得していれば、自ずとついてくるものでございます。まぁ、持っている人が少ないのは、 これは如何に霊能力と称した鷺が飛んでいるのかといういい目標になります。

知識は、悪い事ではなく、知識を失えと、考えるなと言う人に限って、当の本人は、人の浅学な盲点を突いて回ります。ですので、知識の実装は必要な事です。 で、大概の手法については申し上げましたが、今度は、自分が教祖になりたい方に、特別にお教えする今回。交渉力でございます。

相手が、強請って脅して、褒めて煽てて、そう来ても、動じない姿勢が一番です。私なんぞ、若い頃に、ほんと恐縮なんですが、「姐さんに」と望まれた女であ りまして、いえ、良家の子女が「姐になる」自体ございませんでしたので、嫁いだ事はありませんでしたが、いい笑い話となる今日この頃です。ええ、実家が良 家かどうかはほっといて(苦笑)。

で、巧みな取引能力に長けると言う事は必要です。アメリカでも、まず相手の言う事は全面的に受け入れて、「but・・・」という言葉で攻めてまいります。 私自身が、こういうモノ言いをするので、精神世界の住人は始めから、私は「でもでもばかり言う」と攻撃をしてきました。が、無論ですが、これはそういう手 法であって、私がいい訳大王かどうかは、その方よりは、誠心誠意起きた出来事に向かうとは思いますが。実生活でも、「でも、でも」と申しますが、実生活の 場合は、「でもでも、だってちゃん」と呼ばれた事がないです。

何でかと申しますと、目の前に実績と言うのもが積み上げられていくからです。私が言うより、結果を見ろと。私が言うより、子供が私の教育方針を如実に語り ます。私が言うより、私の姿勢がモノを語ります。ええ、ですから、自分に甘い「でもでもだって」ちゃんと、でもでもの使い方が、始めから違います。

ちなみに、私は人に相談する時は、既に自分にファイナルアンサーを持っています。ですから、主人が特に言うんですが、ファイナルアンサーを先に言えと。け れど、これが、時にダメな妻になり、ファイナルアンサーを持っていない時があります。人と話をしながら、自分の中を整理したりすると、これは、聞いている 人が物凄く「振り回されるんだそうです。」

ですんで、意図して相手が、強引に出た時には、こちらも意図して、強引にこの「相手に聞かせながら自分の考えを整理する方法」を使い出します。無論です が、外資で大勢の人とディベートしたり、給料交渉をしたり、USの公の人と対峙してきた私にとっては、英語であろうと日本語であろうと、正直、交渉力は語 学に依存しません。語学は、どこの言語でもいいんですわ。しゃべれなきゃ、身振り手振りですわ。

相手が、取引に巧みでも、相手の話の矛盾が出るまで聞いていて、一気に矛盾点から崩して行くので、勿論ですが、論破の方法が、宗教法人とは違います。

あちらは、「まず、意味不明の事を語り、相手に畏怖心を持たせ、そして、論理のずれた事を主張し、徹底的に主張し、相手を攻撃する時は、あげ足を取ってい く」という手法です。

これが、正しいカリスマ教祖のなり方です。問題は、これを見て行くと、非常にリスクが高く、成功する時が滅多にないという事です。ですので、世に出るカル ト教団となるべく長の「教祖」が、如何に、不出の人材であったかは、想像がつくかと存じます。

けれど、リスクが高いですね。こうなる前に、「徹底的に主張した」時点で、そうですね、病院送りには一回は遭うかもしれません。その前に、意味不明の事を しゃべった時点で、「通報される」可能性も否めません。それでも、「経歴が滅茶苦茶になろうと、警察沙汰になろうと」、一生懸命にならなければ、出来ない 技です。正直、チキンな私にはできない芸当です。敬服いたします。

ですが、とにかく、まくしたててれば、相手がげんなりするだろうと思うのですが、まぁ、考えても見てくださいよ。「人を相手に、口角泡を飛ばして、一生懸 命怒鳴り続ける自分のその小さな姿」を、「客観的に外から見た感じ」で判断すると、私ですと、「いたたまれなくなります」。ですので、私は、こういう「淀 み」のある論破術は、不得意です。恐らく、相手が強引な手法に出た途端にニッコリ笑って、相手を振り回し始めます。あげ足を取られ始めると、もう訂正する 気も起きないので、そのまま、撤収してしまいます。

だって、理解の範囲を超えてますもん。そう言う人に対し、同じ場所まで降りて行くと自分が混乱するんです。何故、こういう事をするのか、それはただ一つ。 お金が欲しいからでしょう。強請ったりしている時に、幾らお金があるか、勘定しながらしゃべっているでしょう。ええ、あなたは、相手の懐事情に頭を働かせ る間、私は、あなたのその蠅のように煩い性質をまったりヲチできるってもんですわ。ですけど、あんまり煩い事言うと、コンタクトをお切り申し上げます。

口角泡を飛ばして、まくしたてるあなたさまが、どうしても私の人生に必要という事は「一生」ございません。無論ですが、今後も必要ございませんし、シャブ 程魅力もございません。そんな事を言ったら、シャブが気の毒でございます。ですので、あなたがまくしたてている時、ニッコリ笑って見ているのは、「あぁ、 すげー壊れっぷりだな、人間辞めてるな」と生温かくヲチしている訳でございます。

で、世の中、精神世界の人は、沢山の場や沢山のブログや、沢山のセミナーで、本日も、「人から金を巻き上げるプレリュード(前奏曲)」を奏でております。 裏庭にいる鈴虫より、煩い音で鳴きます。時に、泣いて見せて、人の情動に訴えるのがお得意ですが、私はどうも若い頃から、そういう人をかなり侮蔑の顔で見 ていると思います。精神世界の奴に限ってろくでもないと言うのはおよしなさい。人間、どこの業界でも、こういう奴が必ずいるもんですから。

私の姿かたちは、確かに心もとない女性のような、かよわき存在でございます。ですが、人は見かけではないと申します(苦笑)。ええ、こんな女性の中に、交 渉能力に長けた、老獪な面があるとは思わないのでしょう。想像を超えていてすみませんが、これが、外資系企業を手玉に取って、マネーゲームを展開した女性 のある一面でございます。

ですので、あなたが、勝とうと思うな。使おうと思うな。まず、脅すな。まず、人間になりたいなら、あなたの追加必要単位は、「人的道徳心」じゃないです か。でないと、必須単位の前に、「歪」が生じて「落第を余儀なくされる」可能性はありますね。

あっと、正しいカリスマ教祖のなり方でしたね。ええ、ですから、「後からフォローが出来ない程、人間をお辞めいただいて、道徳も秩序も吹き飛ばして、欲望 のままに生きる」。これが、ファイナルアンサーでございます。あまり派手に展開すると、結局は拘置所に行かれる方が多いですね。

ごきげんよう。





ちなみに、この三単位が身に着くと、霊の説得は簡単になりますが、女神が言う事が随分と理不尽だと気が付きます(苦笑)

格差社会を駆け抜けろ

こんにちは。

世の中、まぁ、格差格差と申します。で、私も自分がしてきた職歴の中で、一番の考えは、「座って行える事務」キボンヌでございました。とてもいい職場に一 度だけ遭遇した事があるんですが、誰もいない事務所で、営業が帰るまでの店番でした。とても楽で、本を読んでいた事を思い出しますが、残念ながらこういう 事務所が性に合わなくて、結局もっときつい仕事に入ってしまいます。

で、仕事仕事って思う時って、不思議なんですが、ほんと仕事がないんですよ。かじりついてもしたい時に、希望の「座って行える事務」はないんです。長男を 産んだ後自分がついた職は、キッチンスタッフだったんです。けれど、自分はすぐ根を上げるんです。だって、出産後の産後の肥立ちが悪い中で、5時間以上平 気で立ちっぱなしですから。最後、真っ青になって帰ってきたもんです。

そんな時、「座って行える事務」を凄く探しました。けれど、そんな職ありませんでした。無論ですが、IT業界にいたレジュメを出せば、もっとフットワーク が軽くなくてはならなかった。実際、最後の職では、殆ど自分の椅子に座った事がなくて、呼び出しコールで、あっちのフロア、こっちのフロア、そうじゃな きゃ、インフラ導入でPCを持って非常階段を登るか、オフコンを持って非常階段を下がってくるかしかなかったんです。

いや、オフコンって16キロあるんですよ。子供の16キロを持った時、あぁこんなもんだったのかなって思ったんですが、オフコンは体重移動しないだけに、 重かったですね。汗かいてやってたって、人は当たり前のように、「見ているだけ」でしてね。無論ですが、導入は昼出来ないんですよ。残業時間にやるんです ね。ネットワークなんか整備して、サーバーのメンテナンスとか言えば、言葉の暴力でね。あれは、「座って出来る仕事」ではなかった。

でも、自分ではリサーチとかマーケとか得意でね。そういう仕事がないかどうか見ていたんですけれど、いやぁ、この年になって「座って出来る事務仕事」であ るブログに巡り合うとは思わなかったですね。ついでに言えば、この仕事、きついっすね。よくまぁ、引き出しが多い人だと思っているかもしれませんが、凄く 情報収集に必死ですよ。リスク管理とか、言っちゃいけない禁止ワードの記憶とか。トラブルもありますね。

で、自分はそういうのが今度は苦手になったから、時に鑑定をしようと思う。けれど、これが体力の限界で、自分のリアルの仕事と、育児とブログとこなして行 くのに精いっぱいで、そんなに展開できない。まぁ、それでもやりたいなと思う時には、「全然客が入らない。(笑)」。しかし、女神にどつかれて、蹴倒され て、何だかわからないけれど、帰国早々募集しますを出しましたぁって時には、瞬時で予約満員。

世の中、割と上手く回っているんじゃないかって思うんですよ。「貧すれば鈍す」って肝に銘じるべきですね。お金が欲しい欲しいと思う時は、どうもその欲求 が強すぎて仕事自体が来ない。時給にして890円だったりする。けれど、「もうどうでもいいです。暇が欲しいです。」と言う時には、時給5千円の仕事な ど、ちょっとリアルで手に入る。人生ってこういうもんなのかなとね。

けれど、自分で選んだ今のブログの姿勢は、どこに本当は向かおうとしているのか、分からないんですよ。私だって、分かんなくなる時位あるじゃないですか。 リアルでも、「うわぁ、その知識で、是非人を救って」とか言われると、「うっそー、どうやって逃げようかな。」と考えてしまう。けれど、「要らないわよ、 あんた」って言われる時に限って、私もやたら寂しい時があるんですよ。

ただ、構ってもらおうと思う前に、やるべき事を順次洗い出すと、実は相当なタスクを忘れている事に気がつく。で、人恋しい時に、仕方ないけれど、自分の地 味なタスクを処理し始める。地味なタスクって言えば、無論ですが、大学の勉強もそうですね。けれど、一見取っつき難そうなタスクだったけれど、始めてみた ら、凄く良くて、前のインプットと結び付く点があって、あっという間に、「点」は、「線」になり、「面」を形成する。

そうなると、俄然自分の周りが騒がしくなってきて、気がつくと自分は人だかりの中に埋もれている訳です。人恋しい時には気がつかなかったけれど、随分、人 の中にいて、気がつかないだけなんですよ。やるべき事を地道にこなして、地に足をつけている内に、全ては予定調和で、流れていく。それに、気がついた。

地に足をつけて生活する事、それが、格差を自分から解消していく事。地に足をつけ、自分と言うモノをわきまえて、自分の身の丈にまずあった仕事をして、出 来る事をこなしている内に、どんどん出来る事も増えて自信も増えて、信用も信頼も得る事が出来る。「信用と信頼」は、とても大事なビジネスパートナー。だ からこそ、失ったらどうしようも出来ない。これを大事にメンテナンスして行く事が、人間関係でもとても大事。生活や社会の中で一番大事。

身の丈に合わないモノが欲しいと思う事が良くあります。けれど、いつか、身の丈になれるように自分を頑張って、地に足をつかせて、一歩一歩確実に進む事 は、いつか、あなたを望んだ身の丈に辿りつかせる。

引き寄せの法則とか言うけれど、あんなもんに踊っている間は、地に足は付いていない。引き寄せるんではなく、あなたが、そこの舞台に上がる努力をすればい い。楽して抜け出せる仕事がもしあったとしたら、それは「詐欺」しかない。楽して儲ける方法があるのなら、それは人の給料を「横取りする」しか術はない。 浮かれて、騒いで、自分の価値が少しでも高い感じに優越感を持っている内は、格差社会の最低ラインキープのまま、「信用と信頼」も失うんです。

物事が全然進まない時は、実は、一歩ずつ、めんどくさいようですけれど、自分のし忘れた業務を洗い出して、取っつき難い業務に挑むいいチャンスだと思って ください。「急がば回れ」っても言うでしょう。あれは本当に大事。妙な飢餓感や、変な焦燥感、嫌な空虚感、それを人は餓鬼と呼びます。いやしい奴めと申し ます。幾ら貧乏になっても、「心まで貧乏になる必要はありません」。ですから、餓鬼まで自分を貶めず、今のあなたに出来る事を少しずつやって行きましょう よ。どの道、自分と言う存在にだって、限界点はあるんですから。

ちなみに、私も限界点はあったな。そーだなー。収入が大幅に超えた日には、もれなく健康保険から外れる。そうなると、高額医療費の一時負担の部分が問題。 医療費が凄く高額だから、途端に致命打。だから、私は大きく超える働き方は、しばらくは出来ない。カルト成城とか、生活の木の店員になったら、自分が扶養 家族を超える訳にはいかないから、鑑定とか他の業務を休まなきゃならない。いやー、世の中って、うまいように出来ているんですね。ええ、私が、下僕から公 僕になるように、「あなたさまの世の中は、オカルトにあり、ささ、こちらでございます」と、レッドロールカーペットをひかれている、そういう感じがいたし ます。

けれど、そーだなー、今はきっと、こういう「事務方」さんでいろって事で、人生有難いじゃないの。今まで必死に、あーいう職業いいないいなって思って、そ の苦労を「骨身に堪える程」分かっている最中なんだから。有難い経験だわ。しかし、最近、再現率が高いオカルトを行うようになって、少しずつ、オカルトが 「サイエンス」に変化するのを助けてきたと、そう思う43の春。

あなたはどう過ごしますか。


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