「北極星を目指して」 (左脳のひらめき)

I'm your polar star in the journey of life.

金の鈴 (超能力・エンパス)

あの世を考える (夢の話です)

こんにちは。

夢なんてあんまり重視した事ないんですが、(結構していますが苦笑)、あまりに現時点の人と被さる面があるので、一応自分の今朝の夢を記載しておきます。

私、時々、霊障絡みの夢を見るんですね。無論ですが、そういう時間帯って結構決まっているんです。朝の6時辺りから、一旦起きたのに、止むにやまれぬ状態 で実は寝込んでしまう時があるんです。あんまりあったら、日常生活に困りますが、時々ですね。

で、その夢の中で、自分は海の民という人に、「自分は山の民だ」と言っているんですね。海あれば山があり、エネルギーをお互いに引き合いながら使わないと とかしゃべっているんですね。

で、山の方をふと見ると、今までに見た事のない神々しい神社がある山の上にあるんですよ。凄い神々しさでね。あれは、どこの神を祭っているんだろうと思っ たんですね。無論、登りましたよ。で、入って行ったら、ある自動扉の手前で皆躊躇しているんですね。何でかなと思って、周りの人に、「ねーねーあれって、 何かまずいの?」と聞いたら、向こうの方から、顔だけの人が自転車に乗ってくる。

「あーすいませーん。そこの自転車の人。あっちの先ってまずいの?」と、うっかり首だけの人に話しかけてしまった。無論、行き過ぎようとしていたその自転 車は、闇雲にひっくり返ってUターンして来る。「あっ、どうもごめんなさーい。」と言うどころか、気がつくと、その自動ドアの前は、「胡散臭い霊」で一杯 になった。無論だが、体のパーツだけとか、黄緑、真っ青な色でハイライトされた、とにかく凄くドッキリものが多い。

「あなた方がいるって事は、あっちはやばい場所なのか。」と言うと、気がつくと横におっさんがいる。おっさんは普通の人だ。良かった、あんたのパーツは皆 揃っている。普通の人なんだね。じゃ、おっさんに聞いてみた。「ってことは、あれは、あの先はあの世?」

おっさんは頷いた。そこへ調度、女性と男性が腕を組むようにして入って行った。うわ、入ってっちゃったよと思っていたが、程なく、男性が、その扉を向こう から蹴り破り、こっちに向かって走ってくる。

「うわー。こりゃ、これこそ、ほんまもんの よみがえりだ。」(蘇り、黄泉帰り)
(この期に及んでも冗談を言う癖が抜けない)

おっさんと私、走る走る。走りながらおっさんに行った。「私基礎疾患持ってて、中々走れる事ないんですが、いやーこんなところで最速ダッシュ出来るとは思 いませんでしたよ。有難いもんですなぁ」と。この期に及んでまだ、私の中にはどうも茶々を入れる余裕があったらしい。向こうから、よみがえりの男が、ジャ ンジャカ、追って走ってくる。彼の容姿が、どんどん体型が、崩れていく。

で、今度また、自動扉があった。その手前の、ある場所で、その人に、引導を渡す事となる。けれど、引導を渡した時に掴まれた指の握り具合が、こりゃまた、 本当に大人が握って離さないような程力強く、かなり後まで感触が残る。すでに、おっさんは、さっさと袈裟をまとって、その先を進んで、「この世」に帰る。

という夢なんですけれどね。

自分が何遍か、洒落にならずに死んでみて思うんですが、死んだ時って何でも聞こえるって言うじゃないですか。けれど、本当にアウトって時には、自分は真っ 白な世界の中でやたら煩い声を聞いてた気がするんです。無論ですが、脳幹セーフなのか、脳味噌セーフなのか、分かりませんけれど、そういう時は、声が聞こ えるんですね。他の時なんかは、夢の中で、「父親が川の向こうから追い返す。」。

大体、自分で川の向こうってのは、「お花畑」ってイメージがないんですよ。大体、枯れて、凄い寒い晩秋を思わせる光景なんですよね。無論ですが、暗いで す。時々、道の向こうだったりします。

私が今までにまばゆく思ったのって、ほんと数回しかないんですよ。数にすると、5回か7回位ですかね。その時は、ほんとまばゆかった。無論ですが、やっぱ 死にかけていたかと聞かれると、医者は目をそらしますが、そうみたいですね。長男産んだ時も、真っ白かったですね。出血2リットル以上。なる程、瀕死です わ。今でも、2リットルのペットボトル見ると、正直「私の肉体は、これ位でアウトか。」と心中複雑に思いますもん。

けれど、自分の父親とか、亡くなった人と一緒に食卓を囲む事も時にある。ついでに言えば、前のプロフェッサーゼロの空間に置いて、急に息苦しくなり、「あ かんなぁ、現実の肉体がお陀仏さんになっているらしい。どうにも息苦しい。繋がりを早く断ちたい。」と言う時もあるんですよ。

いやぁ、そんなに実情が実は緊迫しているのかと言われると、現在も温かくはなりましたが、修羅場バンバですわ。生きるか死ぬかでこんなに、苦労するとは思 わなかったんですが、どうも頭から無意識に苦しさを抜けたら、プライオリティを落っことすという事をしているらしく、時々、医者の診療予約とか、すっかり 忘れてたりします。意図して忘れているわけでもないんですけれど、私にとってみれば、薬の量とか、それを飲んでどうとか、もはやどうでもいい事なんです。

生命維持のために必要なら、それは忘れずにかなと。

で、自分にとって、あの世の景色があまりにも、ドラスティックに変わるんで、ちょっと受け入れがたい気がするんですね。無論ですが、私が今日見た夢と言う のは、現在自分に繋がっている人の、総集夢みたいな、所謂、象徴的な夢だと思うんで今日はこうやって書きました。

まばゆい時は、恐らく「逝ってよし」ポイントだと思っています。けれど、灰色の状態とか、まずそういう状態を見る時は、例え危篤でも、現実に目を覚まして いても、何でだか「亡くなった親父」がベッドサイドにいるんですよね。あーぁ、親父来ちゃったとか、お祖母ちゃん来ちゃった。うっそー、館内放送は、「祖 父と同名を呼びだしている(祖父の名は滅多にない)」とか、そういう時は、流石に自分でも、「逝ってはいけない」ポイントにいるんだと思いますね。

まぁ、あのよぉ、あの世の事なんだけれど、どこまで人間の想像の範囲で測りきれるものなのか、もしかすると、神のみぞ知ることなのかなと思ったりします。


プロフェッサー・ゼロの空間

こんばんは。

実は、現在、夢で凄く遊びに行っている所がありまして、そうですねぇ、この間の国と同じなんですが、その中で大学がありましてね。医科大学なんですが、割 とそこにある教会が人気で、卒業生が良く結婚式を挙げているんですよ。

で、夢には、ある日から急に、あるプロフェッサーが出てくるようになり、その人は、実はリアルに存在するんですが、恐らくリアルでの人格は今でも、そうい う人ではないと思うんですが。だから、想像なのかなと思っているんですが、夢での彼をプロフェッサー・ゼロとしましょう。

彼の大学は、高層ビルで、そのまわり自体、道路というモノが存在しません。地下にはいったことがないんですが、移動は、エレベーターのようなものを使い、 移動します。無論ですが、上にだけ上がるのではなく、下に下がる、横に移動すると言う事もあります。無論ですが、いきなり横に動かれると、慣性の法則があ るようで、ちょっと前のめりになったり、後ろにのめったりします。

それらは、チューブのように、通って行く所がなっており、それが道代わりを果たしているんだと思います。

プロフェッサーのオフィスは、上の方にあるのですが、絨毯が薄い紺色で、割と高そうなアメリカンチェリーの色合いの家具を使った、近代的なオフィスです。 で、彼が人を診察するのは、また別のビルで、そこには患者がやって来ます。予め予約時間があるのですが、一人当たり非常に長いです。また、白衣をひらめか したプロフェッサーは、そのまま、地下の実験室に入ったりして、時折、何かを観察しています。結構、実験室がずたぼろです。

私の仕事はというと、プロフェッサーの実験室に何かを届けたり、時にオフィスで話をしたりするんですね。自身にもする仕事があるらしく、既にお手伝いの領 域での訪問ではないんです。

タイムカードを押すって所は、また違うビルでしてね。そこでは、ファイリングとか時に行っていて、で、自分の家って言うのは、これまた超近代的な高層ビル の一角にあるんです。割と現実と比べて広いんだと思いますよ。で、家具を置いたり、子供と部屋の確保に四苦八苦したりしているんですね。割と、日が入る部 屋でね。まぁ、現実面とは違うんですよ。

時々、そこから家族で旅行に行ったり、出張に行ったりしてですね。出張で行った先のシラスご飯にかなり感動して、「シラス買う!」と真夜中に叫んで起き上 がった事がありましてね。いや、その時の主人の冷たい目と言ったら・・・(苦笑)。口の中に何でか、シラスのあの塩味が残ったままで(苦笑)。

出張に出て、途中記憶がないんですが、お土産の場所位になると大体思い出すんですね。あぁ、出張だったんだと。で、何を買おうか考えて、あぁ、ここ、いつ ものお店だと思うんですね。だから、大体同じ所に出張しているような気がします。ホワイトボードを使う事も結構覚えて、満場一致の中で、説明していくんで すが、先日は確か、小豆の講習をいたしまして、小豆を煮る事について講習しておりまして、何とも何をやっているんだか、分からないんでございます。

およそ、魔法の世界ではなく、かなり高度なテクノロジーの中で暮らしている夢の中で、時々目覚めた時、あまりのリアリティに、現実の自分の設定を忘れてし まった事があります。自分で、現実逃避が凄すぎるのかと反省しましたが、実は、これ程きつい夢を見たのは、高校生の頃です。

で、いつもそうなんですが、晴れている日がないんです。うーん。時々あるんですかね。そういう日はビーチに行けるんですが、それ以外では、月夜のような暗 さですね。他の建物が高すぎるって事もないんですが、あんまりお日さまを見た事がないです。薄暗いんです。

先日お話したように、そこからは女神の回廊が近く、そこに出かけて、叱責を喰らうとか、後は、自分の自宅に人が入ってきて入ってきてしょうがなくて、カギ をかけたけれど入られる日もあります。仕方がないんで、そういう日は外に出ます。私のコンパートメントも、割と紺に金色がまぶしいコントラストの室内装飾 になっています。

もし、同じ空間に夢で辿りつかれた方は、出張先で私が、相手さんの認印を貰ってくるのを忘れて、事務所で働いた履歴があぼんされた事があるので、是非、オ リジナルの認印をご用意してお待ちくださいませ。


山犬の鼻、山犬の耳、山犬の目 その1 「超感覚」

こんにちは。

一応、概論として理論だけ書いておきますが、山犬の勘等の、この山犬モノはですね、実際「超感覚」と言われるものです。

中々第五感を働かすだけでも結構大変な情報量なんですが、その情報をさらに広げるのが、第六感です。

基本的に遠視さんやエンパスさんは、一時記憶、短期記憶、長期記憶の一時記憶の段階で、脳内のあらゆる情報を取り出して、得た情報の解読に勤めようとします。ですから、受ける情報を短期に持っていって絞ってから解読するのではないので、一気にダウンロードした感覚に陥ります。

中には、長期記憶に入ってから脳内処理が始まる人もいるんで、せっかちなのは、「どの記憶で、解読を始めるか」の脳の癖ではないかと思っています。

普通に、店に入って、「あっこの店はやばい」と思う時、大体、一時記憶の中にある(自分は焦点を当てていない部分)の解読が始まり、実は、塗装がはげているとか、湿気っぽいとか、店の照明が暗いとか、床が気持ち悪いとか、客の柄が悪いとか、客の後ろに誰か憑いてる(苦笑)とか、店の空気が苦いとか、店の陳列棚の置き方が悪いとか、ボロボロだとか、商品が悪いとか、匂うとか、

割と沢山の情報による「不愉快」の答えの統合結果ではないかと思っています。

ただ、経験が浅いと、やはり、どこに焦点を当てていいかわからず、やみくもに、「だってやなんだもん。」と言ったりします。ここまでは、第五感フル活動で十分まかなえます。割と、使えるんですよ。

で、超感覚であると、これが出先でこれから行く場所に対しても同様の解読を試みます。時間軸がプラスで加味されます。

それによって、「何か具体的な原因」があるんですが、「やだ、いかないもん。」と言って、足を動かさない子供のおかげで、助かった人など結構います。実際、私も、よく幼い頃電車で、「行かない」と言い出して親は苦労したんですが、まぁ、そのまま出ていたら、出先で事故があった・・・・という事は良くありました。私本人は、何か分らないけれど、「不愉快になる」ものがあったんだと思います。ただ、「飛込み」だけに特化した機能ではなかった為に、何の事故が起きるか分らず、「やだ、行かないもん。」でしか、あらわせませんでした。

事故に限って限定的に、何の事故か言える人もいます。そりゃ、それまでの経験の分析でしょう。見える人もいるんじゃないですか。私は一度、センターラインを超えて対面から高速道路で突っ込んできた車を回避しているので、全く、事故でも、テロから何でもアリの為、事故の種類は分らないです。起きる事、皆「予想斜め上」ですから。

まぁ、そんなんで、山犬の勘も、後ほどお送りしますが、割と皆さんに普通にあるものです。今までのこの概論にて、なるほどそう言えば・・・と思う事があると思います。普通にあるんです。それをサイキックと呼んだり、超感覚と呼ぶのです。

サイキックは能動性の代名詞のように扱われ、超感覚は、受動的代名詞のような印象を持たされています。ですが、どっちも、感能力に対しては同じです。人間はサバイバル状態に立たされたり、何かあると、やはり特異な感覚が動き出すのです。

まぁ、そんな事で、山犬シリーズです。


山犬の鼻、山犬の耳、山犬の目 その2 「山犬の耳」

こんにちは。

昔から、家の人が帰ってくる音を到着5分位前に聞く事がありました。亡くなった父だと、自転車に乗ると非常にユニークな音で走る為に、大体近所の小学校を通った時点で耳にし、自転車ではなく徒歩でも、その歩き方で分り、車だと、国道20号を曲がってきた時には、その特異な音で気がつき、父が帰ってくると母に告げておりました。

ちなみに、最初母は馬鹿にしていたんですが、言うと5分後に帰ってくるという機能に気がつき、その私のお知らせ機能にて、母が夕飯のお膳の支度を始めるという、かつてない「霊能力」の正しい使い道を、一家でしていました。

結婚して、主人と暮らすと、この人もやはり特異なブレーキの音があり、それにて一緒に住み始めた所より1キロ離れた所で、大体分りましてね。そりゃ、家事に便利な機能でした。

これを、実家も主人も「山犬の耳」と申しております。地獄耳ってのは、割と「噂」に卓越して聞き取る機能のようですが、私の機能は、帰ってくる家の人の足音等を聞き取る事から、忠犬ハチ公から名を取って、「山犬」の耳とあだ名をつけられたのでした。

前にも書きましたが、亡父は、電車の音が聞き分けられ、それが遠くで、あり得なくても、上下線と通過線の聞き分けをしていて、私も同じく、平面ではある程度の距離ですが建物や色々を考えると、まぁまさしくあり得ないのですが。

で、息子Aが帰ってくるとなると、5分前にやっぱりお知らせ機能が動いて、玄関先で「息子の声」がします。で、5分後、お知らせ機能で聞いたのと全く同じ会話を繰り広げて、トイレに突っ走っています。便利なので、便利な機能です。息子がどこにいるか、遠隔で見えるかと聞かれると、息子は分りませんが、帰宅の道途中の主人なら分ります。帰宅途中でも、何だか「主人の持つ嫌だと思っている感じ」が自分にこみ上げると、実は同タイミングで「電車が止まっていたりして」帰宅が遅れる事を先に知る事となります。車だと、その場が見えます。どこの通りを曲がったか分るシステムで、割とコンスタントに提供できる機能です。

ただ、どうもこの機能は、お迎え、ご帰宅にしか使えないようです。息子Bのにぎやかな声が5分前に玄関に響けば、彼氏がご機嫌で公園から、(家の人に何か買ってもらって)帰ってくるのが分ります。ご機嫌でなければ、(何も買ってもらっていないな)ってのも分りますが、お迎え、ご帰宅限定で、それ以外の普段のチェイス(追跡)ってのは出来ないようです。無論、出先については、分りません。

クライアントに対してもこういう機能があるんですが、大体は、お迎え、お見送りの経路しか分りません。

まぁ、こんな山犬の耳。この機能を搭載している方、実はいるんではないかと思います。犬族って訳じゃ(笑)ないんですが、上手に利用すると、実は画期的な家事の手伝いになります。

しばらく、姉妹品の山犬の鼻、目なんかも書いていきます。


山犬の鼻、山犬の耳、山犬の目 その3 「山犬の鼻」

こんにちは。

このイヌ何のイヌ?という今回の写真ですが、中堅ハチ公(中間管理職か苦笑)に似ているポーズを自分で撮影したものです。

さて、私自身、鼻の効き具合に関しては、自分の臭いでも卒倒する位ですから、人のも分ります。香水の銘柄ぐらいは幾らでも当てられるのですが、最近は、あんまり好んで嗅がないので、数百種類しか記憶にないです。

アロマも、最初に嗅いだ時に、文字で頭に出てくるのですが、あまり嗅ぎすぎると分らなくなります。ひねって考えてみて、ひねりすぎてドツボにはまったのが、アロマ試験でした。

まぁ、そんなんで香水もアロマも分れば、ついでに、道を通る時に、視覚化出来ていないものに対しては、匂いで分ります。大体臭いです。芳しい芳香というのが、どういうのだか分ってはいませんが、イランイランエクストラの匂いか、大体は、昔流行った、金の細長い箱に入っていたチューインガム「イヴ」の匂いに該当します。

「あっ、イヴの匂いだ」と思うと、大概はお偉い精霊さんです。爽やかな香りも勇ましい精霊さんです。ドブ板戦術とはよく言いますが、ドブの匂いがした時には、もう最初から、姿を見る前に、すっと竹炭の入った籠を差し出しているのが私です。誰が来るかは、前もって匂いがするんですが、どうもそこまで覚え切れず・・前倒しの来客嗅ぎ分け機能は役立っていません。

元々、匂いに敏感なため、今では、家の中で線香やアロマを焚いたりするものの匂いも嫌になり、唯一やはり好ましいと思えるのは、暖かな日差し溢れるマイ寝床の香りでしょうか。(苦笑)。お日様のぬっくぬっくさと、外の程よい湿り気の乾燥気味と、冬は絶大なコラボレーションワークで、堪能できます。故に、冬は、あんまり家にいないか、二階で日向ぼっこして、全身で浴びています。主人の母が、時にモグサを使うのですが、一度は線香を変えていただいたんです。(煙の少ないコーヒーの匂い)モグサにノックダウンを喰らう性質ではあるようです。

モグサは嫌いなんですが、サンマの焼ける匂いや、鱈やブリの匂いは好きです。

さて、匂いで気がついたんですが、雨が降る前には、土の香りがします。晴れる時には、晴れた日の特有の匂いを感じます。

で、こんなもんですから、人様の家の献立まで嗅ぎ分け、自分の家の献立が分らなくなったりする事もあります。ふっと匂う時、腐っているものを発見も出来ます。目を普段あんまり当てにしていないで生活しているのですが、そんなんで、冷蔵庫を嗅ぎ分け、洗濯物を嗅ぎ、どちらの息子の服か、嗅ぎます。

寺は線香を売りますが、その線香の主品目についても嗅ぎ分けられます。沈香が多いとか、白檀だとか、これは除虫菊の匂いだとか、色々言います。

これは、香りを作る職人になっても良かったか、趣味で香道に行っても良かったなと思っています。当然、外で食べたものは、五感フル活動で、何が入っているのか分る為に、再現率が高いです。

まぁ、時折、マッド過ぎて、逆にドン引かれる時があるんですが、生温かく見てやってください。五感だけの情報でも十分処理しきれないほどの情報はありますからね。ちなみに、これ、山犬レベルだと申すのは私の主人です。遠方のご飯の炊ける匂いを「あぁ、何で炊いているお米だ、美味そうだ」と申した時から、山犬の鼻とあだ名されています。

同機能の方いらっしゃると思います。環境カオリスタと言う試験も出来、芳香は、芳香族と言うほど、亀の甲にて、化学科にいると必須科目です。香水を作ってもよしですが、時折、

人に金が入ったのを鼻で嗅ぐ奴がいるようです(苦笑)その機能とは別物ですのであしからず。先日の地獄耳と同じですが、金の匂いを嗅ぎつける鼻は、地獄鼻でもいいんじゃないでしょうか。

山犬さんは、生活の為にご飯の香りを楽しむのです♪。
そんな意味合いでの、山犬の鼻でした。



山犬の鼻、山犬の耳、山犬の勘 その4 「山犬の勘」

こんにちは。

実質このシリーズを見て行くと分かるんですが、山犬シリーズは、超感覚を持ち、それすらも日常生活に役立ててしまおうとする、ガッツでキッチュな目的があります。

虫の知らせは非常に便利で、人の危機の時、どういう訳か、何千キロ離れようと、その遠さに全く関係もなく、何か分かるものがある。だからこそ、霊能力は、サバイバル能力であると申しますが、生き抜くのに、小さなことでも全力で生き抜けば、感覚は、自然と冴えるもんです。距離とか、時間とか、結局は、目に見える形になったものですが、実際は、そんなものは全く関係ありません。

さて、超感覚の中で、今回は山犬の勘なんですが、山犬さんは、これを便利に使おうと思い、自転車で通りを通る、その時に、自動車が来て事故にならないようにと、自分で統計を取ったのです。来る気がしたら、止まってみる。で、見事山犬さんは、後ろも見ないのに、車が来る音を、車の大きさを「耳で聞き分け」、そして、鉢合わせになる確率を調べ、便利に自転車に乗っている訳です。

普通に、自転車に乗るとか、そういうので調べてみてください。多分、電車の中で、「この人は降りる、降りない」で調べるより、まだ健全です。特定の人相手にするのは、家族にとどめて置いてください。

ちなみに、中には、人の死期が、書類を触っただけで分かる人もいます。そして、人の悪いところが、人体模型図を触って、気がつく人もいます。要は山犬さんの勘能力のせいです。ただ、その実際は、あまり人に面と向かって言ってはいけません。自分が傷つきます。

で、山犬さんは、これをもっと楽しく使おうと思い、生活全てに使っています。仕事が来るか来ないか、来ないなら何が出来る、来るなら何を辞めておくとか、そういう日常的な業務にも使えます。

応用編が、息子の学校の学級閉鎖があるかないか、これなら当てられるお母さんも多いと思います。働いていて全然情報量のない人が、「あぁ、何だか嫌な気がする、息子の学校で何かありそう。」そう呟いて、その当日、見事に学級閉鎖に持ち込んだ息子を持つ奥さん方は大勢います。それだけではなく、雨が降りそうだけれど、欲を出して布団を出しっぱなしにしたら、やっぱ雨が降って、「見たくないずぶぬれ布団」を目の前にする人もいます。

勘だけなら、話は沢山あるのよとリアルで話してくださる私の友人も、自転車に乗る時に、右側の足が痛くなって、まさかと思ったら、転んで怪我をした。やっぱり次も、そういう思いがあって、そういう足を怪我した等も沢山あります。

山犬たちは、サバイバルの為に霊能力があり、まぁ、職場の雰囲気も察して変えようとする人も、また、人知れずこっそりと、「私から見れば丸見えだって」思うんですが、素敵なPTAにしようとしている人も沢山います。どこで使うか、誰に使うか、何のために使うか、勘も勘次第です。

大体、記憶に残りやすいのは、ネガティブな勘です。人の死期、お別れ、そういうものを勘で察知する時もあります。しかし、割と自身のネガティブなものを感じ取りにくい人は、それを「見たくない、知りたくない」欲求が自分に働いているのを認めなければならないんです。実際、私も、血栓が大きく浮いてる冠動脈の写真など、何度見ても、血栓が見えませんでした。凄まじく、地獄の目と呼ばれるほど、見てきた私でも、見たくないものは、咄嗟に、脊髄反射で防衛本能が働くんだなと思っています。

ポジティブな勘は、結構忘れがちなんです。ですけれど、それを思い出すと、とても温かくうれしい気持ちになれるはずです。自分がもたらせる奇跡の領域だからです。

さて、山犬は、昔より生き延びるために、鋭い嗅覚を持ち、広い視野を持ち、鋭い聴覚を持ち、バランスに長け、そうして生き延びてきました。五感というのはある意味、誰にでもあるのです。ですが、実は、極端に味覚音痴な人も、聴覚にずば抜けていない人も結構多いものです。で、それだから、山犬の資格がないんではなく、山犬さんは過酷な生存競争を生き延びるために、得た感覚の情報をフルに使うのです。ですから、味覚が音痴でも、それ以外のずば抜けた所はあるんだと思っていてください。

私は、元々、全てに応じて感覚過敏です。だから、実は挑戦できない食物とか沢山あります。ですが、それを堪能できる人は、それもまた素晴らしい技量であり、その方面に長けてもよし、人には色々な五感の長所がある、そして、それは日常生活で意外と磨くことが出来る。だから、大事に超感覚を使いこなし、科学の発達で脆弱になりがちな私たちの生活を、生き延びる糧としてください。

時間も、距離も、今はまだ目の前のことしか分かっていません。いつか、その連動システムが解き明かされる日が来ると思います。この世界は4次元です。立方体の中に時間があります。ですが、経過していく時間だけではなく、過去現在未来へとアクセスができると言う事は、私たちはただ時間軸の上にいる訳ではないのです。その内、正夢で何故知ったのか、そういう事も解き明かされていくかと思います。

全ての発見は日常生活にあります。ですから、大きな外を連想し、誰かに操られると考える前に、日常への感覚を研ぎ澄まし、感覚をフルに使いましょう。



エンパス・霊感霊媒体質のパニックディスオーダー 〜自分の内観を極め、免疫をつけよう〜

こんにちは。

私は、その昔、様々な病名がついていたので、かなりメンタルヘルスには詳しく、ついでに精神医学の専門書ならございます。今年は精神医学を単位として取っておりますが、教科書は浅く広くですが、スクーリングでは、激深い状態でした。

で、このブログを読む人は、メンタルヘルスに興味のある方もいるかとは存じます。基本的に、霊感霊媒体質やエンパスは、精神感応力もありますが、非常に「パニック」になりやすい性質を持っています。

理由としては、精神感応して引っ張ってきたものに対する「免疫が少ない」ってのが多いです。

「遭った経験」は多いわけですよ。基本的に。で、「解決できた経験」が少ない。それと、小さな事をいつまでもクヨクヨと引きずる。これは、その事にしか視野を向けていない証拠で、狭い視野だと自分で言うようなものです。

私はエンパスの中のエンパスだと自分で理解しています。けれど、クライアントにはメールの段階では非常に、そこから読んで、視ていくので、精神感応しますが、基本的に電話でも何でも終わったら、その場で即「忘れています。」。
一人のクライアントの事をいつまでも覚えておきません。これは、サーバー管理者であった時の自分もそうですが、クライアントの環境を一々引きずっている暇 がないので、基本的にその場を離れると、クライアントの顔さえ覚えていません。無論、その事象が霊障であった時、解決がついた段階で、遠視リストには入っ ているので、定期的に視ますが、それ以上の事はしません。忘れています。

以前は、ひとつのクライアントのことに熱中した事もありましたが、それはサーバー管理者の頃の事で、非常に500人以上のユーザーを抱えると「覚えていてもらって特殊な存在で自分がいたい」と願うクライアントの気持ちも分からんではないですが、

こっちにすれば「無理なお願い」です。

ログは残してありますから、既出のクライアントに関しては、ログを読めば思い出せますが、基本的に医者だって患者を早々は覚えていませんし、暗記できるほ どの患者は、「強烈なインパクト」のある患者です。私にはそんなにいません。キーボードを手からの汗でショートさせて何度も、怒りまくって飛んできた女性 くらいしか覚えがないです。後、無茶なクレーマーですか。パスワードの事件のあの女性位しか記憶ないです。この仕事を商売としていなくても、記憶に残る人 はそんなにいません。昔は記憶に残って、悩みましたが、今は全く悩みません。

悪いですが、私にもプライバシーの時間があり、家族の笑みこそプライスレスです。自身の感情さえ切り捨てる私です。いわんや、おやでございます。

先日医者に行って、ついにこの新規の医者の「信頼」も勝ち取ってきました。迷走神経反射と期外収縮について、2週間お互いに時間を置き、私は自力で調べ勉 強し、そして自身に対し投薬実験を行いました。冷静に冷静に自分を判断し、投薬量のマックスを知り、その薬同士の相性等も調べ上げました。そして、昨日医 者に行って、結果報告をした所、「それが一番いい」治療であること、そして、「だけれども、自身の症状をそこまで冷静に分析できるのは、普通にはできない 真似だ」と言われて帰ってきました。普通にはできない真似かもしれませんが、私はそれでも、

「生きたかったし、苦痛を少なくして生きる為に必死でその策を試した」んです。

それだけの事です。2週間前に医師は、「現在治療は難しい」と言いましたが、実は医師が期外収縮を経験する事がこの間にあり、「非常に気分が悪い症状だ」 とも申しておりました。そして、医師自体も考えたわけです。この苦痛を取り去る方法を。つまり、医者は、「何でも症例の痛みを知っていてその苦痛を取り去 る方法を知っているわけではない」訳です。「豊富な経験と症例で、苦痛を取り去る方法を考えるけれど、完全なるカスタマイズは難しい」のです。

これが、ここのブログにも言えます。
私は、精神症状に関して、難治だと言われたボーダーラインの経験も、ACと言われた経験も有ります。無論、医者から「この患者は無理だ」と言われ、主人が 途方にくれた事もあります。けれど、現時点の私は、こうして、それを乗り越えて、治っています。何が精神症状だったのか、人にカウンセリングしてもらうと 余計悪くなる事を発見した私は、心理カウンセリングの中にある手法の「内観法」にて、自力で決済したわけです。

で、心理カウンセラーは荷物を軽くすべきです。クライアントは、カウンセラーが治してくれるという期待や、精神科医が治してくれると言う期待では、何一つ あなたの症状は変わりません。あなたが治し、あなたが癒し、あなたが自力で自分の弱いところや、邪悪な面を見つけなければ、何一つ世界に色はつきません。
パニックになりやすい人は、解決策の勉強をすべきです。騒げば、人が対処してくれると思う甘えがあるのを気がついてください。人が対処するんじゃなく、自分で考えてください。

自力で一回解決をつけるのは、「不安が描く曲線」はマックスになります。
ですが、自力で乗り越えると、その不安は二度と同じ数値まで上がりません。何故かと言えば、自分で解決策を知っているから上がらなくなるのです。私が突き 放すその理由を知ってください。私に何度尋ねても、同じ答えしか返ってきません。それより、泥水をかぶる勢いで、自力で考えてください。そして、解決でき た時、あなたのパニックに対する部分は少しずつ減ってきます。

毎度土壇場で、毎度お題が変わるのは当たり前です。免疫をつけてください。

基礎をつけたら、応用力をつけなくちゃ、結局依存症の甘ったれの、腐った性根は治りません。思考するその人間の一番基礎を手放さず、論理的に考えてくださ い。私だってまだまだ、腐ってますよ。腐りきった甘えがありますよ。だから、毎回土壇場で、毎回泣いていますよ。けれど、自分で自分を冷静に見る以外、苦 痛を訴えるのは自分の中だけに押しとどめる努力をしてください。ストレスマネジメントを心得てください。受け流して考えてください。

できることは何でもしてください。

金を払えば、解決すると思ってたらパニックになりやすい自分は変わりませんし、パニックにどうしてなりやすいのか、どうして視野が狭くなるのか、この人はどうして脅すのか、よく考えてください。私がクイックに動かない理由はただひとつです。

「自分の心の闇との戦い」に私の参戦など有り得ないからです。

エンパスさんは特にメンタルヘルスの症例等読まない方がいいです。その苦しみが皆自分に来ますから。自分が弾き出して、単に症例として見れるならいざ知ら ず、自分が引き込まれるようなサイトは読まないでください。それが、冷静に読めるようになるのは、内観が達成できてからです。それができない内は、引きず られ精神感応し、苦しみます。私が6年前たどっていた道です。

自分の症例をまず第一に考えてください。自分と似たケースで治し方があるのかと思って漫画を読めば、精神感応者にきつい漫画があります。大体終わりは「本 人の死」なんですが、あれは読み物だから死ぬんです。読者のリピーター率や、ドラマ等は、視聴率稼ぎのために、「奇想天外な」状態を起こします。

「仮想空間だからあり」なんです。

現実に、「牡丹と薔薇」や「砂の城」、「ノルウェーの森」にあったようなあんな自分の感情を「モロ出し」できる空間は現実にはありません。だから人は自分 自身にある内なる狂気がその登場人物に出てくる狂気と共振してしまい、引き込まれます。だから無茶苦茶な設定が、「売れる」んです。売れりゃ、売ります。 商売だし。

けれど、現実の越え方は、「全然違います。」

自分の内なる狂気を引きずり出して、それでパニックになってもそれは自業自得です。免疫がついていない状態で、風邪の集団に飛び込むようなものです。風邪 は250種類以上あります。その風邪に免疫をつけて私達は現在いますが、免疫が落ちるのは、ストレスで体が弱った時や過労、睡眠不足と決まっています。 で、自分から、何も風邪をひきに行く事はないでしょう?
水疱瘡は一回かかれば、もう免疫ができます。ですが、口唇ヘルペスのように、体が弱まれば皮膚の弱いところに出てきてしまいます。それと理論は全く同じです。

ただ、目に見える症状かどうか、なだけで。

内なる狂気をもてあそびたいお心はそのまま、楽しめば良いでしょう。けれど、このブログは、その狂気を捨て、内観し、自分で立ち上がる人の為のサイトであって、別に既出の精神医学に頼るもんじゃありません。

難治であろうが、治ればいいんです。治ればこっちのもんです。治りたくないですか?治るのあきらめてますか?難治で、あきらめ切れますか、自分の人生。
難治で終わりですか。

それでも、立ち上がってがんばってみると言うなら、私もできる事はありますが、できない事は、パニック症状になってしまった人のカウンセリングです。

鑑定でも浄霊でも、「悪質な霊」がいる時に限って「何も言わないで逃げ去る霊能者」や、逃げ切る「無責任な坊主や、変なおっさん」方がいます。
悪質なのを取っちゃうと、途端にある程度の軽さに気がついて、「カモ」にしようとします。脅し、すかします。いやー、人間捨てています。ですが、悪質なの を取る前は、一切何も言わないんです。だから、私の浄霊した人や、鑑定で強引に引き寄せて取っちゃったケースでの発生が多いのですが、そうなった時から、 心の戦いは始まります。

カモになりやすいのは、霊感霊媒体質、エンパスの心の闇です。
あなた、本当に憑いていますか?死者の臭いとか霊の臭いするんですか?

そうじゃなくて、「今のあなたには気前よくお金払ってくれそうな臭い」しかしないんじゃないですか?どうですか?


ステレオタイプ思考での落とし穴 〜エンパスの判断〜

こんにちは。

今回はステレオタイプでものを見る癖に固執しすぎてはいけないという事について語りたいと思います。

私達はどんな時も「もの」を見て捉える時、既存概念で捕らえがちです。簡単に言えば、こういう人はこういう性質をもってこうであると決め付けるのは簡単です。実際目に見えない性質をこうやって分類したがるのは、性質が実は目に見えるものではないからでしょう。
そして、既存概念で、カテゴリ分けしたほうが安心です。目に見えないものを判断するのは実は誰だって怖いものです。故に学問はそうやって、エビデンス(症例)や実績、因果関係を統計を取ってその分析の中の数値の誤差を見て判断せざるを得ません。

しかし、ここに穴が存在します。

数理分析でも、実際に誤差に入れるしかない分母の中の大きな一分子というものが、実験データの中に必ず存在します。それが、実は見過ごされてきたものなのですが、近年、光を浴びている部分だったりします。

つまり、何故、このような質問実験に対し、大きな誤差を生む回答をする人がいるのか。

今までは、それを「故意」ではないか、「社会(質問者を含む)に対し批判されたくないから」質問に対し、消極的に答えておくという考えがありました。
さて、大きな分母が、そう考えられないのはおかしな事です。
故に、元々の社会構成は、「感情」(批判されたくない、はみ出したくない)によって構成されていたのではないかと考える人も出てきました。最近の精神医学 や心理学論は、分母から間違っていたのではないかという定義が出ています。つまり、なにひとつ、分かっちゃいなかった。その割には闇夜にバットで当たる確 率で、正しい説も有るのですが(苦笑)。

さて、私が今回思う事は、自分が全く「心臓病」のカテゴリに入らない人間であるという事から始まります。今まで自身が苦しんできた症状は、皆循環器の症状 で、元々10代の頃から、高脂血症でしたが、家族性というものが存在するのが分かってきたのもここ最近のことです。で、女性は本来、「産む性」ですから、 循環器の問題を抱えていると「産む」事自体が難しくなります。ですから、今までの定説は「あり得ない」でした。心の病とも言われ、散々色々な薬を飲みまし たが、どれも有効ではありませんでした。

それと同じく、味蕾は日本人は多いといわれます。ですから、日本食というのは実は繊細な味の出し方に凝っています。ですが、時折、味蕾が少ないとされる人 種の方が、「日本食の旨さ」について語る時があります。そういう人に話を聞くと、幼い頃から、チョコレートが実は無理だったとか、様々な味覚過敏であると その国の人から言われて育ってきた人が多かったのです。つまり、実際の彼らは、味蕾が、確かに多いのでしょう。それが、その人の好き嫌いではなく、感情上 の問題ではなく、本質的に体が受け付けないという変化を持った人がいるという事になります。

これは大きなステップです。エンパスは、日本人ではよくありがちだと申しますが、実際に自分をエンパスだと「確信が持てない」人が多いのです。あからさまに、その特徴を備えていても、周囲との協調性の中で、自分の中で不協和音を響かせている人が多く存在します。

で、エンパスは、ある意味の感覚過敏です。他人と自分との間に境界線という、「皮膚」があるのですが、エンパスにはその境界線がありません。そのまま、ダイレクトに痛みを受け取ったり、悲しみを受け取ったりします。そして、それの防御策を考えない人が多いのです。

ステレオタイプというのは、先入観と思い込みで発生しますが、問題は、このエンパスだと言われる人にも、実に様々な種類の感応があります。ですから、画一 的なことをしてみてもしっくり来ない人は、やはりエンパスである自分に、「不確定要素」を見出します。ですが、安心してください。あなたは、立派にエンパ スですから(笑)。

私が、人に伝えたい事は、このブログでは、「ステレオタイプ」にしか発信ができませんが、様々な形で同じ記事を実は書いていることに気がついた方がいるか と存じます。理由は、エンパスでも、エンパスの感能力の違いによる対策について、何度も視点を変えて書いているからです。別に意見が変わったわけではな く、視覚化タイプ、共振タイプ、聴覚タイプ、痛覚タイプ、実に挙げ切れないほどのエンパスには種類がいます。つまり、全てにオールマイティに持っている人 のみがエンパスというのではなく、たった一つの感覚でも、それはエンパスに入ります。

ただ、問題は、そのエンパス度の度具合が、自分にとって「どれ程苦痛を感じるか」が大きな問題なのです。

霊障も霊能力も、自身が苦痛を感じず、「当たり前だ」と思っている分には、普通にそのままです。ですが、自分の特性において、何らかの苦痛を味わった時、 人は特性を、「悪いものだ」と考え、右にならおうとします。ですが、苦痛は取り去る事ができません。特性は見えないですから、一生懸命既存の例に当てはめ て見ようと考えます。ですが、明らかに、大きな自分の特性によって損失を受けた時、人は始めてその特性を「悪いものだ」と抑え込む事で、痛みを増やしてい く事に疲れると、今度は「どうやって付き合っていったらいいのか」という方面に考えが働きます。

その時初めて、感覚という言葉が飛び出ます。それと、能力という言葉になります。苦痛度が高くても、大したことのない人がいます。それは、血液検査の針の 傷みに失神する痛覚を持つ人も、そしてそれを超えて、心筋梗塞やがんの痛みに「耐えうる人」がいるのも事実です。だから、これは痛みや苦痛に対する自身の 許容量もあります。それは、精神力の強弱で話が決まります。
大概の苦痛は、精神力でカバーできますが、軟弱な精神力では、最初の入社して翌々日には、泣き言を言う人もいますから、まぁ、そんなもんだと暖かく見てください。

で、その能力は、簡単に決め付けることはできません。それを本人がどう受け止め、どうその能力が有るゆえの苦痛を超えていくかが、前向きな課題となります。

エネルギーや気功について、科学者は理解できないと申します。無論、計測器で計測できない範囲のものは、皆理解ができないのです。その癖宇宙は分かるのか と言えば、おおよそ、計測器と視覚で確かめた分野のことは分かるでしょうが、それ以上は分かりません。ですが、ここで、「視覚」を使うんです。計測器が計 測する方法を考え出すのは、感覚です。こうなったら、ここの錘が下がる、そういう因果を見つけるのです。気に対して、別に計測する必要も今まではなかった から、計測もしなかったでしょうし、気だけではなく、苦痛度も計測は不可能です。


ですが、防御法など教えていくのに、態度で実践して見せねば「エネルギーというツールの使い方」が分からない人が殆どです。ですから、本人の特性を見て、 カスタマイズして考えていくのに、機会が開けたらいいなとは思うのですが、ひとえに、この遠隔の、「寸前まで自分の家の事ができて。」「寸後には、自分の家のこ とができる」こういう環境も捨てがたいのは、私の怠慢な特性でしょうか(笑)。そう考えるうちにライブチャットという手法も出ました。

エンパスは一種類にあらず。4種類でもなく、非常に、個々によって沢山の感覚と連動しています。ただ、「皮膚」という境界線感覚があっても、するりと、低 気圧と連動したり、お月様と連動したりします。それが、苦痛と感じるのかどうか、どこが苦痛なのかが、問題点の分かれ目です。


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