こんにちは。
夢なんてあんまり重視した事ないんですが、(結構していますが苦笑)、あまりに現時点の人と被さる面があるので、一応自分の今朝の夢を記載しておきます。
私、時々、霊障絡みの夢を見るんですね。無論ですが、そういう時間帯って結構決まっているんです。朝の6時辺りから、一旦起きたのに、止むにやまれぬ状態 で実は寝込んでしまう時があるんです。あんまりあったら、日常生活に困りますが、時々ですね。
で、その夢の中で、自分は海の民という人に、「自分は山の民だ」と言っているんですね。海あれば山があり、エネルギーをお互いに引き合いながら使わないと とかしゃべっているんですね。
で、山の方をふと見ると、今までに見た事のない神々しい神社がある山の上にあるんですよ。凄い神々しさでね。あれは、どこの神を祭っているんだろうと思っ たんですね。無論、登りましたよ。で、入って行ったら、ある自動扉の手前で皆躊躇しているんですね。何でかなと思って、周りの人に、「ねーねーあれって、 何かまずいの?」と聞いたら、向こうの方から、顔だけの人が自転車に乗ってくる。
「あーすいませーん。そこの自転車の人。あっちの先ってまずいの?」と、うっかり首だけの人に話しかけてしまった。無論、行き過ぎようとしていたその自転 車は、闇雲にひっくり返ってUターンして来る。「あっ、どうもごめんなさーい。」と言うどころか、気がつくと、その自動ドアの前は、「胡散臭い霊」で一杯 になった。無論だが、体のパーツだけとか、黄緑、真っ青な色でハイライトされた、とにかく凄くドッキリものが多い。
「あなた方がいるって事は、あっちはやばい場所なのか。」と言うと、気がつくと横におっさんがいる。おっさんは普通の人だ。良かった、あんたのパーツは皆 揃っている。普通の人なんだね。じゃ、おっさんに聞いてみた。「ってことは、あれは、あの先はあの世?」
おっさんは頷いた。そこへ調度、女性と男性が腕を組むようにして入って行った。うわ、入ってっちゃったよと思っていたが、程なく、男性が、その扉を向こう から蹴り破り、こっちに向かって走ってくる。
「うわー。こりゃ、これこそ、ほんまもんの よみがえりだ。」(蘇り、黄泉帰り)
(この期に及んでも冗談を言う癖が抜けない)
おっさんと私、走る走る。走りながらおっさんに行った。「私基礎疾患持ってて、中々走れる事ないんですが、いやーこんなところで最速ダッシュ出来るとは思 いませんでしたよ。有難いもんですなぁ」と。この期に及んでまだ、私の中にはどうも茶々を入れる余裕があったらしい。向こうから、よみがえりの男が、ジャ ンジャカ、追って走ってくる。彼の容姿が、どんどん体型が、崩れていく。
で、今度また、自動扉があった。その手前の、ある場所で、その人に、引導を渡す事となる。けれど、引導を渡した時に掴まれた指の握り具合が、こりゃまた、 本当に大人が握って離さないような程力強く、かなり後まで感触が残る。すでに、おっさんは、さっさと袈裟をまとって、その先を進んで、「この世」に帰る。
という夢なんですけれどね。
自分が何遍か、洒落にならずに死んでみて思うんですが、死んだ時って何でも聞こえるって言うじゃないですか。けれど、本当にアウトって時には、自分は真っ 白な世界の中でやたら煩い声を聞いてた気がするんです。無論ですが、脳幹セーフなのか、脳味噌セーフなのか、分かりませんけれど、そういう時は、声が聞こ えるんですね。他の時なんかは、夢の中で、「父親が川の向こうから追い返す。」。
大体、自分で川の向こうってのは、「お花畑」ってイメージがないんですよ。大体、枯れて、凄い寒い晩秋を思わせる光景なんですよね。無論ですが、暗いで す。時々、道の向こうだったりします。
私が今までにまばゆく思ったのって、ほんと数回しかないんですよ。数にすると、5回か7回位ですかね。その時は、ほんとまばゆかった。無論ですが、やっぱ 死にかけていたかと聞かれると、医者は目をそらしますが、そうみたいですね。長男産んだ時も、真っ白かったですね。出血2リットル以上。なる程、瀕死です わ。今でも、2リットルのペットボトル見ると、正直「私の肉体は、これ位でアウトか。」と心中複雑に思いますもん。
けれど、自分の父親とか、亡くなった人と一緒に食卓を囲む事も時にある。ついでに言えば、前のプロフェッサーゼロの空間に置いて、急に息苦しくなり、「あ かんなぁ、現実の肉体がお陀仏さんになっているらしい。どうにも息苦しい。繋がりを早く断ちたい。」と言う時もあるんですよ。
いやぁ、そんなに実情が実は緊迫しているのかと言われると、現在も温かくはなりましたが、修羅場バンバですわ。生きるか死ぬかでこんなに、苦労するとは思 わなかったんですが、どうも頭から無意識に苦しさを抜けたら、プライオリティを落っことすという事をしているらしく、時々、医者の診療予約とか、すっかり 忘れてたりします。意図して忘れているわけでもないんですけれど、私にとってみれば、薬の量とか、それを飲んでどうとか、もはやどうでもいい事なんです。
生命維持のために必要なら、それは忘れずにかなと。
で、自分にとって、あの世の景色があまりにも、ドラスティックに変わるんで、ちょっと受け入れがたい気がするんですね。無論ですが、私が今日見た夢と言う のは、現在自分に繋がっている人の、総集夢みたいな、所謂、象徴的な夢だと思うんで今日はこうやって書きました。
まばゆい時は、恐らく「逝ってよし」ポイントだと思っています。けれど、灰色の状態とか、まずそういう状態を見る時は、例え危篤でも、現実に目を覚まして いても、何でだか「亡くなった親父」がベッドサイドにいるんですよね。あーぁ、親父来ちゃったとか、お祖母ちゃん来ちゃった。うっそー、館内放送は、「祖 父と同名を呼びだしている(祖父の名は滅多にない)」とか、そういう時は、流石に自分でも、「逝ってはいけない」ポイントにいるんだと思いますね。
まぁ、あのよぉ、あの世の事なんだけれど、どこまで人間の想像の範囲で測りきれるものなのか、もしかすると、神のみぞ知ることなのかなと思ったりします。
朋
夢なんてあんまり重視した事ないんですが、(結構していますが苦笑)、あまりに現時点の人と被さる面があるので、一応自分の今朝の夢を記載しておきます。
私、時々、霊障絡みの夢を見るんですね。無論ですが、そういう時間帯って結構決まっているんです。朝の6時辺りから、一旦起きたのに、止むにやまれぬ状態 で実は寝込んでしまう時があるんです。あんまりあったら、日常生活に困りますが、時々ですね。
で、その夢の中で、自分は海の民という人に、「自分は山の民だ」と言っているんですね。海あれば山があり、エネルギーをお互いに引き合いながら使わないと とかしゃべっているんですね。
で、山の方をふと見ると、今までに見た事のない神々しい神社がある山の上にあるんですよ。凄い神々しさでね。あれは、どこの神を祭っているんだろうと思っ たんですね。無論、登りましたよ。で、入って行ったら、ある自動扉の手前で皆躊躇しているんですね。何でかなと思って、周りの人に、「ねーねーあれって、 何かまずいの?」と聞いたら、向こうの方から、顔だけの人が自転車に乗ってくる。
「あーすいませーん。そこの自転車の人。あっちの先ってまずいの?」と、うっかり首だけの人に話しかけてしまった。無論、行き過ぎようとしていたその自転 車は、闇雲にひっくり返ってUターンして来る。「あっ、どうもごめんなさーい。」と言うどころか、気がつくと、その自動ドアの前は、「胡散臭い霊」で一杯 になった。無論だが、体のパーツだけとか、黄緑、真っ青な色でハイライトされた、とにかく凄くドッキリものが多い。
「あなた方がいるって事は、あっちはやばい場所なのか。」と言うと、気がつくと横におっさんがいる。おっさんは普通の人だ。良かった、あんたのパーツは皆 揃っている。普通の人なんだね。じゃ、おっさんに聞いてみた。「ってことは、あれは、あの先はあの世?」
おっさんは頷いた。そこへ調度、女性と男性が腕を組むようにして入って行った。うわ、入ってっちゃったよと思っていたが、程なく、男性が、その扉を向こう から蹴り破り、こっちに向かって走ってくる。
「うわー。こりゃ、これこそ、ほんまもんの よみがえりだ。」(蘇り、黄泉帰り)
(この期に及んでも冗談を言う癖が抜けない)
おっさんと私、走る走る。走りながらおっさんに行った。「私基礎疾患持ってて、中々走れる事ないんですが、いやーこんなところで最速ダッシュ出来るとは思 いませんでしたよ。有難いもんですなぁ」と。この期に及んでまだ、私の中にはどうも茶々を入れる余裕があったらしい。向こうから、よみがえりの男が、ジャ ンジャカ、追って走ってくる。彼の容姿が、どんどん体型が、崩れていく。
で、今度また、自動扉があった。その手前の、ある場所で、その人に、引導を渡す事となる。けれど、引導を渡した時に掴まれた指の握り具合が、こりゃまた、 本当に大人が握って離さないような程力強く、かなり後まで感触が残る。すでに、おっさんは、さっさと袈裟をまとって、その先を進んで、「この世」に帰る。
という夢なんですけれどね。
自分が何遍か、洒落にならずに死んでみて思うんですが、死んだ時って何でも聞こえるって言うじゃないですか。けれど、本当にアウトって時には、自分は真っ 白な世界の中でやたら煩い声を聞いてた気がするんです。無論ですが、脳幹セーフなのか、脳味噌セーフなのか、分かりませんけれど、そういう時は、声が聞こ えるんですね。他の時なんかは、夢の中で、「父親が川の向こうから追い返す。」。
大体、自分で川の向こうってのは、「お花畑」ってイメージがないんですよ。大体、枯れて、凄い寒い晩秋を思わせる光景なんですよね。無論ですが、暗いで す。時々、道の向こうだったりします。
私が今までにまばゆく思ったのって、ほんと数回しかないんですよ。数にすると、5回か7回位ですかね。その時は、ほんとまばゆかった。無論ですが、やっぱ 死にかけていたかと聞かれると、医者は目をそらしますが、そうみたいですね。長男産んだ時も、真っ白かったですね。出血2リットル以上。なる程、瀕死です わ。今でも、2リットルのペットボトル見ると、正直「私の肉体は、これ位でアウトか。」と心中複雑に思いますもん。
けれど、自分の父親とか、亡くなった人と一緒に食卓を囲む事も時にある。ついでに言えば、前のプロフェッサーゼロの空間に置いて、急に息苦しくなり、「あ かんなぁ、現実の肉体がお陀仏さんになっているらしい。どうにも息苦しい。繋がりを早く断ちたい。」と言う時もあるんですよ。
いやぁ、そんなに実情が実は緊迫しているのかと言われると、現在も温かくはなりましたが、修羅場バンバですわ。生きるか死ぬかでこんなに、苦労するとは思 わなかったんですが、どうも頭から無意識に苦しさを抜けたら、プライオリティを落っことすという事をしているらしく、時々、医者の診療予約とか、すっかり 忘れてたりします。意図して忘れているわけでもないんですけれど、私にとってみれば、薬の量とか、それを飲んでどうとか、もはやどうでもいい事なんです。
生命維持のために必要なら、それは忘れずにかなと。
で、自分にとって、あの世の景色があまりにも、ドラスティックに変わるんで、ちょっと受け入れがたい気がするんですね。無論ですが、私が今日見た夢と言う のは、現在自分に繋がっている人の、総集夢みたいな、所謂、象徴的な夢だと思うんで今日はこうやって書きました。
まばゆい時は、恐らく「逝ってよし」ポイントだと思っています。けれど、灰色の状態とか、まずそういう状態を見る時は、例え危篤でも、現実に目を覚まして いても、何でだか「亡くなった親父」がベッドサイドにいるんですよね。あーぁ、親父来ちゃったとか、お祖母ちゃん来ちゃった。うっそー、館内放送は、「祖 父と同名を呼びだしている(祖父の名は滅多にない)」とか、そういう時は、流石に自分でも、「逝ってはいけない」ポイントにいるんだと思いますね。
まぁ、あのよぉ、あの世の事なんだけれど、どこまで人間の想像の範囲で測りきれるものなのか、もしかすると、神のみぞ知ることなのかなと思ったりします。
朋
