「北極星を目指して」 (左脳のひらめき)

I'm your polar star in the journey of life.

邪悪シリーズ

邪悪 その1 〜支配したい欲求〜

44a5a2bb.jpgこんにちは。

休暇中に、霊に首を絞められても平気で本を何冊か読んできた、「豪胆で厚かましさ120%のヘタレお母さん」の朋です。中々、本をまとめて読む機会がなかったんで、風呂に入ってまで読んじゃいました。(その風呂も、妖気漂ってるなんですが笑)

さて、人間の中には理解不能な人間がいます。およそ他人と相容れない種類の人間を、「平気で嘘をつく人たち(People of the lie)でペック博士はこう語ります。「邪悪」と「虚偽」の心理学。自己正当化のために、あらゆる手段で相手を支配する。その自己正当化は、自己愛の過ぎ たる所以で、自分の内面を見る事が決してできない人である。

さて、心理学ではこのような人間をも含めてカウンセリングしていく訳ですが、人間が相手を理解できない一つには、その理解しようと思う人間が内面に何を 持っているのか見えないから理解できないので、カウンセリングはその真実を暴き出す事が肝心です。まぁ、霊能者の場合は、オプションで、その原因が霊障な のか、精神力が弱いのか判断できるのですが、大体は、精神力が弱いせいです。

自分の中身を見ると言う事は、案外簡単にはできないんです。理由はその中の自分の醜い感情にある本当の願いが見えるからです。大体こういう願いは、支配か 拒絶、でしょう。いや、非常に虚栄心等は、支配の最初の一歩であって、小さいもんです。それ以上に大きいのは、支配欲です。

子供時代が甘えられなかったからとか、後付の悩みを言う人もいますが、甘えられなくて苦しんでも、それを解消して昇華して、次世代を育てていく人がいる限 り、こればかりは、精神力の甘えにしか過ぎません。人を徹底的に振り回し、嘘をつき、肝心なことを言わないで、引きずり回す。まぁ、人格障害の人等は、物 凄いほど自分に関して人がどこまでしてくれるのか、試します。以前に話したとおり、人格障害の人の場合は、そのモノサシがやっぱり桁外れているんですね。 だから、1cmの思惑が、1メートルや1キロメートルになっちゃうのはよくある事です。

で、問題はこの支配欲で、徹底的に他の人の人格を破壊する人もいます。その中の一つの例が、「毒になる親」でございます。

こういう親は、自分だけよければいいと思います。で、自分の方面でしか物事を見ません。なもんですから、私の知っている例では、バタフライナイフが好き だった姉がバタフライナイフで自殺をしまして、その弟に「姉の自殺したバタフライナイフ」をあげちゃうという事が珍しいことではないのです。これがペック 博士の例では、「ガン」です。親の言い分は至ってお見事で、「あったからあげた」とか、単純であったりします。かなり金持ちの親でもします。最近ですと、 中学で給食費を払わない親が多すぎて、給食破綻となり、生徒は弁当を持ってくるか、お金を貰って購買部で買います。ところが、この両方とも持たせない親 が、比較的裕福で、教育水準も高い家庭に実在します。育ち盛りに弁当もお金もなしです。唖然です。

私の場合は、家庭が作ってくれない場合はですね、お金を貰える事はないので、前日から「米を炊きまして」、大きな握り飯か、アルミの大きな弁当箱にひたす らご飯を詰めて、ごま塩で食べるという離れ業とかしていましたが、今のお子さん方は、子供がするべき「サバイバル術」もしないで、されるがままの所が若干 見受けられます。

母が父の手術に動揺しすぎた時などは、私は都立高受験の日は、稲荷寿司にしてもらったんですが、食べてから深く後悔しました。それで食中毒になったんです ね。味付けも妙でしたが、午後の試験科目が、お腹が痛くて思考がまとまりませんでした。しかし、なんと言うことか、その年の理科の科目は、皆がそろって 100点が取れるようなテストで、ある意味救っていただきました。それからは、作ってもらうより、ごま塩の方が安全だとは思っております。事実そうして生 きてきました。

まぁ、そんな事がないにも関わらず、案外そういう家庭の子は、食事時にいなくなるんだそうです。私の父も私の主人も、昼ごはんを持たせてもらえない時期 (貧乏すぎて)がありまして、そういう時期は体育館に逃げたんだそうです。私は米農家出身の母の娘でしたので、米だけはあったんです。まだ、救いようが あったのかもしれません。

まぁ、支配したい親や支配したいセラピスト、支配したい夫、妻、支配したい・・・・・から、逃げ出さずに思考を失った人はかなり多いです。無意識では死を選ぶほどなんですが、意外と受け入れて「自我崩壊」にもつれ込む人は多いです。

問題は、その「自我崩壊」になった人はかなりの頻度でカウンセリングや精神療法をさせられるのに、問題の支配したい欲求が強い人はそういう対象者として見 られる事が少ないのです。彼らは毅然として、詭弁を雄弁に語り、如何に相手に対し自分が振り回されているかを延々と述べますが、その実は自分が相手を振り 回した結果だとは考えたことは全く無いようです。

性的犯罪を犯す人も、犯された人が精神科でPTSDの治療を何年も受けて立ち直れない傷を持ちますが、案外加えた本人は「他愛も無い悪戯だ」と称して悪びれません。

まぁ、こういう人を、ペック博士は「邪悪」な人と呼ぶわけですが、邪悪というよりは、自己愛の自己の欲求に極めて忠実な、理性の影で、自分の我をきっちり 通し、その間に、法律の関与を許さないある意味で言えば、犯罪者のようなもんです。自分の要求を通すためには、口手八丁で、掻い潜って、ターゲットを探し 出し、そうして慎重に破壊して歩くわけです。自分の心からの希望は一つ。「人を完全に支配したい」。

支配・・・・これだけで、親は毒にもなるし、夫や妻は、人が変わった様に殴りののしり、慇懃な態度の中に絶えず支配をする自分の優位さを、隠し持って相手 の自我を壊します。セラピストでも、依存したい人をくもの巣のように網を張って、待っている時があります。まだ、「依存しすぎるのよ!!!」って怒るセラ ピストの方が良心的です。そうではないセラピストは、根気よく中立に立って、相手が内観をするまで待っているか、それでなければ「巧みな言葉」に載せて、 人の自我を崩壊して支配しているかのどちらかです。

言葉を選べと申しますが、邪悪な支配したい欲望は、巧みな言い回しで相手の自信を失わせ、やる気を取り上げ、自分自身なしでは居られないように相手の精神 力を壊していきます。それを、宗教や健康食品やマルチでは洗脳と呼ぶかもしれませんし、DVでは、共依存と呼ぶかもしれません。何にせよ、強力な武器を後 ろ手に隠して、脅してなだめすかして、相手を壊して従わせるのです。相手にはもはや、思考などありません。完全に、Yesになるのです。

まぁ、私は、現在はこの支配したい人の駆逐艦なんですが、時折、頭を悩ませることもあります。こういう支配は、大人になると、「性的な誘惑」というものが つき物だからです。子供には単なる暴力にしか過ぎませんが、大人には、二人の合意でしか整わないケースが多いので、やはり「巧妙な嘘」を駆逐していくし か、その他に説得力はありません。

で、どうしてこういう人が精神カウンセリングを受けずに、「次の獲物」を探しに行って、残された人は長いこと心に傷を負うのかと申しますと、それは残され た方がどれ程依存したり、どれ程無抵抗であったかにもよります。つまり、「嘘のつき方」が余りに巧妙すぎると、大人でもやはり「見抜けない」ものなんです ね。熟練したペック博士でも、その人を見抜くのに時間がかかります。

その嘘は、逆に逆手に取ると、案外面白い結果を生み出します。まぁ、だから、そういう人に私が嫌われるんですが、それを徹底的に逆手にとって見ると実はそ の人は、「自分に自信もなく、誰かを支配して、その中で安穏としていたかった孤独な像」が見えてきます。その孤独に耐え切れない精神力の弱さが、この支配 を招くのです。支配ができなかったら、完全な拒否となります。まぁ、いじめでもそうですね。パシリに完全にできなかったら、無視ですもんね。まぁ、どっち かしかできないんですよ。究極の自己愛は誰しも、「孤独が怖い」んですから。

まぁ、その真実をどう相手に悟らせるか等は考えるのに無駄です。反省も自省もしないですから。してたら、救われる面もありますが、多くの被害者が心に長い こと傷を持つのは、「反省しない」「自省しない」つまりは「悪いことだと思っていない」相手の態度に失望しちゃうからです。

まぁ、自分の方面からの言い訳は弾丸的に出ますよ。で、こっちから射撃すると、いやその、盾の作りっぷりは、まるで大きな要塞並です。その日の差さない要 塞の中で、実は足を組んで座っている「小さな子」がこの方々の中身です。いつまでも成熟しない。いつまでも、拒み続け、自分に従うものだけを門に招きい れ、その暗がりで暴力行為を続けるのです。

この人たちは、失望したら負けかな。だってそうしたら、大きな大きな心の闇に囚われて、自分が落ち込んじゃいますからね。人を傷つけるのには何とも思わな くても、自分がほんの塵一つでも傷つく、磨耗するのは嫌なんですよ。だから、究極の自己愛。精神的には、サバイバーを遥かにしのぐ弱さになります。サバイ バーが精神力という武器を身につけてもこの方々は、丸腰では戦えません。丸腰だと負けなんで、大変にお気の毒で、大変に情けないある意味では、畜生道まっ しぐらです。

「傷つかないように、傷つけ回っている」そういう理論を理解して受け入れるには、教養が高い人が多すぎます。プライドが邪魔をして受け入れられません。そ して、自分に不利な事を、何度でも既成事実を作って、作れないときは、人を騙してまで既成事実を作って、「人のせい」に擦り付けます。教養が至って高い、 地位の高い人でも十分行いますし、教養が低くても、金持ちであろうが、貧乏であろうが、選民意識があろうとなかろうと、まぁ、誰でもするんですね。


結局は誰の心にもあるもんですから。


邪悪 その2 犠牲者〜どうして自分だけ成長しなければならないのか〜

c49c888c.jpgこんばんは。

邪悪ときて邪悪の犠牲者のあり方についてです。

機能不完全の家庭に育っている人や、子供のころの環境や大人になっての環境が機能不完全であった場合、精神の成長に関して「アンバランス」になるのはよく あることです。アンバランスさが個人の中の比重に大きく出ると心の病にもなります。結局本人のそのアンバランスに対する苦痛度が病名になるかならないかの 分かれ目です。

大人になったら「自学学習」と皆は思いますが、実は大人は、体だけ成長しただけのことで、精神が成長しない大人など沢山います。

かつて、私の小学校に新しい教諭が、「先生は年齢は年をとっていますが、精神年齢は9歳。皆さんと同じです。」と言われた方がいましてね、そりゃ、私は当 時9歳の子供ながらにあの先生は大丈夫かと不安に思ってしまいました。「遊ぶときはとことん本気です」位にしておけばいいものを、精神年齢が9歳と言われ れば、え?年だけ喰った子供?これが先生??とまで思い込んでしまい、母に猛烈に悩みを打ち明けたことがあります。「おかーさーん。年をとった子供が先生 になったよぉ」

まぁ、最近、地で精神年齢は幼いまま、年だけとった方が多いです。その成長していく年で学ぶことをせず放っておけば、しょうがありません。バランスは崩れ ます。大人は外見でだけその人を見ます。外見は大人ですし機能も大人です。でも、精神は未熟な大人がいます。そしてその人のアンバランスな成長に困るの は、そういう人が必ず「社会の和」を乱すからです。

そのアンバランスさを解くには、自分でアンバランスだと気がつくしかありません。どこがアンバランスか分からなくなった人には、心理カウンセラーが向いています。けれど、自身のアンバランスさを解きに行くのであって、「基本的に他者を責めて賛同を得る場ではありません」。

人は人の所為にして、進むのを止めたいときもあります。けれど、それでは何一つ進みません。責めていればいいのであれば、そういう場合は、心は病のままだし、自身は幼い自分を他人の所為にして、本来あるべき成長にまで持っていこうという気がないからです。

私の本当の願いは何かと聞くこの問題には、「自身がアンバランスだと思うものは何か?」って質問も含まれています。強い部分を寄り強大にしていきたいと 思っても、バランスが取れなくちゃ、実力は発揮できません。画して、スポーツ選手が精神力を鍛えます。それは、一発ここぞの時、実力をプレッシャーで押さ れないようにして発揮するための物です。

霊能力に関して言えば、維持は大変ですし、得るのは誰にでもあるだけに簡単です。ですが、基本的にスピリチュアリストは道徳や倫理を諭す人であって、守護 霊に何でも聞いてしまいましょうではないと考えます。ですから、その能力に偏らず、道徳や倫理であったら、沢山の人間関係の事例も知っておくべきで、無 論、人はこういう人に人格者を求めます。倫理道徳を説くのなら、何故私のあの事件のどうしてという答えがでないのか。それがクライアントの永遠の悩みで す。まぁ誰も答えないから、チャネリングして知ってそうな人に聞きにいくわけでね。これも、問題でしょう。自分で考えるべきです。

で、大人を育てるというのは、簡単じゃありません。大人は変なプライドがありますからね。まして義務教育ではない、追加補習ですので、金銭がかかるとか、 どこに行けば答えが分かるのかとか、沢山問題はございます。ですが、本人が答えばかり知りたがって、成長を止めれば、答えを得ても本人の精神は未熟なまま です。その答えは、何の答えにもならないでしょう。自分が求めるYESな答えだけが答えだと思い込む人は、こういう占い師や様々な人を渡り歩きます。その 前に待ってください。ご自分の中の努力は何もしないんですか?と。

結局、邪悪な人の犠牲にあった人は、精神力を強化して、「自力でその傷を乗り越えていかなくてはならない」んです。でも、その事が沢山の被害者を苛立たせ ます。相手はのほほんと何時までも成長しないで、悔やまないで、自省もしない、楽しく遊びまわっている。なのに、何故自分だけこういう目にあうのか。悔し くて悔しくて言葉が出ない。

非常にごもっともな意見ですが、それには答えがありません。
理由は、邪悪な人には、人に対する情けが1%も転がっていないからです。人を傷つけるのは平気でも自分はちょっとでもかすっただけでも、機嫌が悪くなる人です。これを改修させたいと被害者は思い、痛恨の一撃を与えたいとまで願います。
不条理ですが、無理です。考えるだけ無駄です。だって、情けがないんですから。作れって言ったって、これは更生で生き直しをさせて、非常に苦痛を与えて育て上げても微妙なところです。

気質もあります。遺伝もあります。けれどそれ以上に、精神力が弱い人が精神力を鍛えようと思うのは、死に直面したとしてもできません。人の本質はそんなに 簡単に変わるものじゃありません。その人は今まで自分の価値観を崩されてきた被害者でもあったりします。その為に、鉄壁の要塞を築いているわけです。この 要塞が簡単に崩れることがないように常にメンテナンスをしています。つまり、この要塞を堅固のものとして、幼い精神未熟の自分と境界線のない自分の自我を 守っているのだと考えられます。非常に危ないバランスです。だから、暴力的に守るのです。一方向からしか見えないのです。

こういうまったく不条理な人を見て、被害者は深く失望します。情けを見出そうと思っても、一抹の情けもない。画してこういった被害者の悩みが長期に渡るの は、「相手への制裁を自分と同じだけ求めてしまう」部分と、「あまりに自分の生命や自我や価値観を崩壊させられる出来事に直面してしまい、自分が取り戻せ なくなる」からです。ですが、相手や起きた現象に何か因果関係を求めているうちは、何も進みません。それどころか、悩んでいるうちは、不条理な邪悪と全く なんら変わりません。被害者意識で物事を語ってばかりで、何一つ成長しなければ、それは「鉄壁の要塞を持たないタイプの邪悪」でしかないのです。

起きた現象は起きた現象で、それが何度も起きると心が潰れるのは私も経験済みです。何度も色々な事象に巻き込まれ、今それを私が乗り越えているのは、一瞬 にして自我が崩壊し、自己の価値観も崩壊し、それでも、それをとにかく相手の所為ではなくて、それが起きた自分をどうケアして、大きく成長させてきたか、 ここに書いていますが、それしか他に手段がないのです。

「何故その人に引っかかったのか」、まずはそういう所から、自分が痛い思いをしてきた今までを冷静に客観的に見て、自分はどうあれば、ここを抜け出せるだ ろうかと考えなくては、恨んで妬んでおしまいです。何の魂の成長はありませんし、恨んで妬んでいる間は、違う意味で邪悪な人になります。誰もあなたが嘆い ているのに長いこと付き合いきれません。それをあなたは周りは冷たいと言い出せば、自分の傷を見せながら、人をお構いなしに傷つける、邪悪の新種としかみ なされないままです。

大人は、成長が終わったのではなく、一生学びです。ですが、大人になって体の機能的に許されたことだけ大いに行って、精神的に未熟な人が多く、その人たちが次世代の邪悪になります。

邪悪の因果はめぐるのです。

それを自分の代で終わらせ、回避するには、自分が大人になって邪悪から縁を切り、邪悪の誘いに乗らないように受け流していくしか他に方法がありません。険しい道です。

ですが、邪悪のままでいるよりは、「遥かに楽な道です。」

邪悪のまま、鉄壁の要塞のメンテナンスに四六時中心を奪われ、気になって気になって、暴力行為を繰り返す間は、実は心など満たされませんし、幸せも感じま せん。ありとあらゆる出来事が猜疑心になり、自己正当化のためにそりゃいらない苦労も背負います。邪悪を貫くのは、邪悪から卒業して大人になるより険し く、不幸なままです。そうして、邪悪はろくな死に方を迎えません。最後まで、心の安堵の地がないままだからなのです。

これ以上不幸な出来事はないと私は考えます。

邪悪の手から放たれ、自身が犠牲者となって、大きく育っていく最初のうちだけは苦しいのですが、育っていけば実はありとあらゆる感動や感情の中に幸せを見 出すことができて、それはとても幸福です。責めてばかりだった自分をネガティブにしていたものから解放されれば、すでに幸せの中にいます。

自分が大好きになれるでしょうし、価値観の再構築の中で、邪悪というものがいたんだという事は、大いなる勉強になるでしょう。そこから抜け出して、幸せを感じ取りにいくか、今のまま、人を責めて責めていつしか自分も邪悪に成り果てるかは、個人の選択次第です。

少なくとも、目の前の生活に色がつきます。モノクロだった破壊された当初より、数段世の中は輝いて見えます。そして、邪悪を完全に許せる時がきた時、あなたは大いなる祝福を持って人々より、「サバイバー」として生き残った者として賞賛を受けるのです。

まぁ、邪悪の犠牲者のままでいるのが邪悪につながってしまい、最終的に自ら邪悪に堕ちてしまうってのは、本当に



邪悪は誰の心にもあるからなんですよね。



邪悪 その3 補足 〜邪悪の解放先で待つもの〜

オルフェウスとエウリディケこんばんは。

お彼岸の中日、つまり春分です。西から昇ったお日様が東に沈む、あっそれはバカボンのパパの台詞で、本来は東から上るお日様が西に沈むその東と西がコンパス上でもバッチグーな日です。あぁいと素晴らしきかな、カレンダー。

さて、補足のお時間です。
実は邪悪は3話完結型を検討していて、後もう一話で終わるので、それを今日書く予定だったんです。

でも、考えてみたら、邪悪の逃げ方にスピリチュアルがすごく係っているっていうか、それをおいしい商売にしてスピリチュアルが肥えるんだと最後に書いた ら、私はまたもや、全てのリコネクティングとか、DNAアクティベーションとか、再生を促すものを行う人や、ヒプノさん達から、嫌われてしまいます。(今 でも十分嫌われているとは思いますが)。
自分で自分にできるものは、書きます。「人生、自助努力上等」です。

まぁ、要は、邪悪からの解放に手広く手を広げているのは実はスピリチュアルなんですが、邪悪の解放の仕方は、流石にもう自分で考えるべきです。ここまで答えが書いてあった場合は、それ以上は自分で考えるべきです。なもんで、書きません。

自身にふさわしい逃げ方は、十人いれば十人十色です。だから、絶対お勧めでない場合を含めて書きません。お勧めでない場所に嵌るのも、それもまた、今回の 邪悪から逃げ切れなかった自分の再発見であり、邪悪に新たな手で誘惑されると、その誘惑に負けてしまい、邪悪から未だ逃げ切れない自分がいるんだという再 認識にもなります。

なので書かないで置こうかと思います。

よくいつも「考えて」動いてください。逃げる先には、灯りがともっているか見てください。信じられるものは本当は「あなた自身」だけなんです。あなたが しっかりしなければ、あなたの船は沈むのです。あなたは沈む船に甘美な死の誘惑と言って自分に酔う暇はありません。沈むと分かったら、途端に周りの騒然た る逃げっぷりに、唖然とするからです。

誰も頼りになんかなりません。完全な予見者がいないのと同じく、あなたの未来はあなたが自分で作るのです。運命というには、ちょっと違います。チャネリン グしても、答えは導き出せません。何故なら、全てはあなたの覚悟にかかっているから。あなた自身を信じるのがキーワードです。心の奥底に眠っている本当の あなたに聞いてみてください。

パイレーツオブカリビアンは ご覧になったことがありますか?どんなに裏切られてもジャック・スパロウは、何度も何度も騙されても生き延びて最後に自分の船を取り戻し、そうして海原に 漂います。それまでの間、まぁこいつは本当に物が見えるのか、いつもの冴えはどうして、人間関係には働かないんだ?と思うことでしょう。こんなに冴えてい て、人間関係でどつぼに嵌るのは、まだ海賊という人間関係の中に、彼が「情け」を自分に維持しつつあるからです。

「情け」が本当の希望なんです。でも、どんな賢そうな人でも、どんな情けなさそうな人でも、全力で走りたい時に限って、それでも情けに絡めとられる事、足 をすくわれる事が多いのです。そうして、邪悪に戻ってしまう事もあります。けれど、ジャックは一つだけ素直な願いを持ち続けました。たったひとつ、「ブ ラックパール号という船を取り戻したい。」

さて、彼はお決まりの三部作になるほど人気が出て、三部作になった暁には、三部作全部に、満遍なく十分に運命に弄ばれます。ひどい時は南海に放られたり、タコの口に飛び込んで行ったりします。けれど、彼はいつでも素直に願います。

まぁ、人生ってそんなもんですよ。
それでも自分を見失うから、それでも破壊された自分が取り戻しにくいから、人は悩むのです。解放して初めて、自分って一体なんだっけ?自分は何のために生きているのか。自分には忘れていた使命があるのではないか、焦燥感に駆られます。そこを美味しく頂くのは別の邪悪です。

それを見失わせるからこそ、邪悪が行う自我の破壊は強烈なのです。また、一番にそれを見失わせなければ、邪悪の攻防はありえないのです。思考を取り上げ、 自我を崩壊しなければ、本来、人は防衛本能があるから道を見失わない。だからこそ、邪悪は真っ先に本能自体を破壊するのです。

ですが、私の言いたい逃げ道は、簡単です。「逃げようと思い立ったあなたの心」に映る景色は、すでに色がついています。その色のある世界に身をおく維持をしたいか、それとも、またモノクロに戻るか。それだけのシンプルさです。

人生は、生きるか死ぬか、皆平等です。スピリチュアルによく言われる因果の法則で自分を慰めても、慰めきれないからこそ、哲学は発達します。そうして行き 着く先は、昨日のエントリどおりです。自分がその後どう逃げって行ったらいいか、その先の灯りを、見つけなさい。その灯りは、意外と日常生活が自分に映し 出す色で決まるのです。

何故ならそれが、「あなたの邪悪から解放される滑走路の誘導灯」だから。

ためらいなく、間違いなく飛んでください。間違いなく岸から離れてください。間違いなく、躊躇いなく進んでください。

あなたがあなたでいて、最期を迎えるために。あなたがあなたらしく生きたと人に誇れる人生であるために、そして、あなたが心から満足して幸せになるため、ただそれだけのために。


それだけの為でも人生の意味は大いに有意義ですから。
完全に連鎖を打ち切った時のあなたの満足感は、きっと素晴らしい明日に向かって限りなく飛び続ける希望の航路を描くエネルギーだから。


邪悪 その4 狂った磁場 〜邪悪を生きているもの、死んでいるもの両方に加速させる場〜

こんばんは。

実は私は、何でも言い当てるタイプではないです(冷や汗)。(そうでない時も多々あります苦笑。)
かなり自分の中で、どうしてなんだろうか、裏づけがないと自分で視えた情報を話したりしません。(あぁその癖に、ズバッと、ヘビースモーカーでしたねと か、体のことに関してはよく言いますね。霊能者に回ったよねとか、来た霊能者達の系統まで言いますね。これは真にすみません。)

言わないでいるのは個人の家の情報です。
どうして、ここで縁が切れていると分かるのに、こんなに縁を強調するんだろうかと思うときや、やはり、故人がそう言っても、案外、さまざまな人の意見を聞かないと(霊障を受けるサイドの人からとか)、納得できないとしゃべりません。

自分で怪しいとは思いませんが、故人が違う事を言い出すことなどよくあることです。何も死者は正しいことだけ語るわけでもなく、そして、死して、霊になっ てさ迷っているところを、結構、問答無用に、地獄に送るとか、斬るとか言う霊能者は多いです。その霊の言うことをあれやこれや試して聞いてみて、その中で 整合性が合えば信じますが、私は死者の声だって100%鵜呑みで聞いているわけではありません。鵜呑みで聞く気もありません。

死者は人間の特性をまだ引きずっています。なので、割合、プレゼン下手な霊は「脅し」で何でもお願いするし、上手な人は、かなり礼儀作法も、お越しになる ときの身なりも頼み方もお上手です。基本、死んだ人ですから、生きていた時の特性はよく引きずります。ただ、ある程度の時を経て、精神が大人になるのは早 いです。生きている人もそうあってほしいですけれど。

いつまでも、後ろ向きなものもいるし、かといって、十分だったと思うのもいるし、思い残しなしで、ささっと上に上がる人もいる。

ただ、それだけの事で、何も、初対面の人の言うことを聞かなきゃ、無間地獄だとか言われると、結構私はそういう事例に恵まれていないのか、それとも、私が気が長すぎるのか、情けが強すぎるのか、何だかよくわかんなくなって悩んでしまいます(苦笑)。

ただ、一言書きたいのは、その故人が執着や妄執を抱えて死んだ場合に、周りのさ迷う死者を巻き込んでまで妖怪もどきになるケースはあります。そしてそうい うのが、できやすい資質の土地もあるし、それだけではなく、妖怪になってしまった場合、説得には無理があります。少なくとも他の方はできても、私は出来ま せん。

言葉が通じないというか、所謂、霊の世界での邪悪な存在に関しては、こちらも理解できませんし、正当さを訴えていただいても何の同情もできません。です が、それを何とかせねば、生きているものに霊障を与える場合には、墓の移動や、引越しなどを薦めます。残念ながら、出来損なったケースはございます。浄霊 は成功報酬としています。その理由がこれです。

どんな場所でも、金を出せば、浄化しうまくイヤシロチに変えてくださる方はいるとは存じますが、私は自分に出来る範囲でしか受けられません。例えば、それに集中するあまり、何かを疎かにしてしまう物件であれば、それはやってみたけれど、手を引く物件になります。

逃がそうと思っても、クライアントが逃げなければどうにもなりませんし、クライアントにその霊の特性を教え込むのは簡単ですが、どうも邪悪な存在は、こち らの意思を全く聞かないのと、ついでに言えば、その土地は、その者を別にどこかに送っても、新しい入居者が出るタイプの土地だったりします。なので、邪 悪ってのは、意外と難しいです。

邪悪は、いとも簡単に憑依し、人を自殺に追い込んでその人の無念さを、旨みとし肥えて巨大化します。ですから、その邪悪の周りは、ひどい有様になります。 刃物を持って走ろうが、自殺しようが、気が狂おうが、ある家の周りにどさっと集落のように出来てしまうのは、その場が狂っている事と、いついた邪悪の育ち 方です。

基本的に、逃げるが勝ちです。逃げてみれば、そこに住み続ける必要があったのか、どうして自分はふらふらと帰るのか、離れれば思考は正常化しますが、離れ なければ、思いもかけない肉親の情などに絡めとられ、気がついた時には奴隷化している状態はよくあります。それは、場が狂えば、死んだもので、邪悪なもの が居つく可能性は高いですし、無論、生きている人間の邪悪もかなりの頻度で芽を出しやすくなります。

で、大体、邪悪の場に建つ家に嫁に来る人は、どういうわけか選ばれたか呼ばれたのごとく、「霊感霊媒体質だったりします。」
これは、私と私の主人の母が2代揃って、霊感霊媒体質として婚家に「呼ばれてしまった」理由で納得が行かれる方も多いかと存じます。要は、今回の邪悪が叶 えたい希望を叶えない限り、霊感霊媒体質は呼ばれ、選ばれるわけです。そして、その霊媒体質が、何とか霊能者を探してきて祓っても、あぁ因果かな、その土 地の磁場が狂っていれば、また別の邪悪のご到来です。

主人の母は脱兎さんではありませんでしたが、私が強引な脱兎さんで、私は結果を出して逃げていく脱兎さんなので、一応主人の母の説得に論理的にも適ってい るようです。つまりは、彼女の感性で、分かる範囲の嫌なものがある日すっぱり消滅しますから。ついでに言えば、銀行や、郵便局の機械を壊していく脱兎さん でもあります。迷惑ですね。普段はグローブをはめていますが、指先から出ちゃった時には、既に、アウトになるものが多いです。最近では、グローブをはめ て、機器操作すると、壊れる確率が多いので、大きなものをいじるときは、はめて。そうでないときは、外しています。磁気やICカードを壊すので、脱兎さん は、面目ありません。

で、邪悪は磁場の悪い土地に限っております。そこに何百万霊能者にお金を積んだら、あなたは諦める気になりますか?自分の人生を半ば棒に振って、何十年諦 めれば、気が済みますか?移れない事情は、あなたの人生に、「生きるか死ぬか」程の影響力を与えていても、目に見えないから人は理由として動けない。それ が問題です。

邪悪バロメーターとかあればいいんですが、実際に竹炭を撒いた上に寝ても、狂った磁場は狂ったままです。地上から高い物権で、磁場が希薄になって、それでも動かない人も多いです。要は個人の価値観ですから。
霊能者を何べんも呼んでも、自身を成長させねば、同調し連れてくる、呼び込む可能性も高いのですが、懲りずに霊能者を呼ぶ人もいますし、また、どうしてもその家を維持したい人もいます。

ですから、それ以上は、個人の価値観で、邪悪との共存・解放を選んでください。
基本的に磁場が狂えば、生きている人の邪悪性も育ちやすく、死んでいるものの邪悪性も大きく育つ、それだけの事です。


邪悪は形を変えて沢山の場所にあります。逃げるか逃げないかは、全く個々の価値観です。


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