こんにちは。

時々、間違いを認めない人を見かける。間違いを指摘すると、突っかかってきて、あなたは、もっとこうでしょ?と言い返すような人。

こういう人とのやり取りは、互いが成長をしないので、不毛だと思っている。

何故、不毛かというと、相手の間違いを見つけることで、自分にとって、こういう間違いをすることもあるんだという、いいケーススタディとなる。反対 に、自分の間違いを指摘されれば、自分が見ても気づかなかった、間違いの癖を掴むことができる。間違いがどこで起きるのかをシェアできると、実はすごく有 意義に物事が運ぶ。

だけれど、人は、間違いを指摘されれば、非難されていると受け止める人が多い。

非難をしているわけではなく、より高い向上に向けて、一緒に努力しようと思う人は中々少ない。少なくとも、間違いを認めない人は、成長はしない。自分で間違いを指摘されたことに腹を立てて、相手の重箱の隅をつつくようでは、成長する部分が欠けているとしか思えない。

人の間違いは、必ず自分だって行なってしまう可能性がないとは言えないからこそ、学ぶべきことはたくさんある。

相手から、指摘される間違いは、自分が見ても気づかなかった問題点を洗い出してくれるチャンスである。体面がどうの、体裁がどうのとか、言っている 間は、成長などしない。馬鹿でものろまでも、自分の間違いを認め、間違いを起こさないように、少しずつ自分の癖を変えて行かないと、成長しない。

進み方は人それぞれではあるが、まぁ、とかく、早く習得する人ほど、間違いを認めやすい。どこが間違っているか、きちんとメモをして、そこを気をつ けて、少しずつ改善していく。同じミスを犯す人は、大体、既に、間違いを起こしたことを、あまり深く受け止めていないのだろう。だから、その積み重ねが、 今の人生にでているという事になる。

負け組だ、勝ち組だ、人は一喜一憂しやすいが、今、何故自分が崖っぷちなのかを考えてたら、人のせいにはしていられないと思う。

 

崖っぷちになって、周りから腫れ物を触るような扱いを受けてから、やっと、改善しようとしても、小さなミスなら、ほんの3日くらいで済む傷だが、あ んまり崖っぷちだと、流石に、あなたの評価を上げようとしても、ドンドン孤立していく。人に媚を売って、何とかしようとする人も多いが、中身が無いからこ そ、媚びを売るのである。

どのみち、指摘のしあいっこは、所詮、「お前、チャック開いてる。」「んじゃ、お前、鼻毛出てる。」の争いの延長線である。

 

チャック開いていることに、自分のふんどしをきりりと締め直し、鼻毛を指摘されたら、鼻毛を共に整え合う状態までの謙遜へ向かうには、

 

人のプライドというか、くだらない見栄というか、こういうのは、どこまでも邪魔をするものである。

 

 

まぁ、そもそも、見栄を張るには、それなりの努力は必要だが、時に浅ましいBBAになっている人もいる中で、毅然とするということの難しさを学ぶね。

 

 

 

 

ちなみに、目くそ鼻くそを笑うとは、よく言われる諺であるが、個人的に、結構指摘を受けたら痛いものが、鼻くそである(笑)。

だけれど、昨今、花粉症のシーズンの中、実は、画期的な薬が出たという。聞くと、一回の噴霧で、鼻の内部をコーティングするのだという。これが、実は、副作用とも言える欠点があるのだが、鼻の内部をコーティングするので、鼻くそが、多量に出るという悲しい使用報告がある。

 

どうだい、それでも、人は、花粉症からは逃げられないのなら、頻繁にトイレに入って、鼻をほじくりながらでも、特攻薬を使いたいと思うと思わんかね。

 

人というのは、パラドックスの中で生きるものだからこそ、悩んで苦しむのだよ。君。