こんにちは。

あなたは幸せになりたいと思うだろう。誰もが、幸せを願って競争を繰り広げる。世の中はそういう社会で、競争しないで得られる幸せで満足できるのかと言われたら、恐らくほとんどの人が、半分は「不本意」ながら、それで幸せなんですと答えるか、うつむく事だろう。

万人が願う幸せは、それぞれの器質や精神面より、随分変わってくる。
しかし、それでも欲しいモノは、ある程度人と争わなければ、手に入らない。争う事をやめて、過ごしたとしても、「老い」を実感する時、きっとあなたは、しらふではいられなくなるだろう。

若い時、争っておけばよかった。スタートが出遅れた。もっと焦ればよかった。

そんなことを考えるんじゃないかと、わたしは思う。
人の価値観は、年を重ねるごとに経験によって変わってくるので、確かに今欲しくないモノを、後に痛烈に欲しがることもある。しかし、今欲しくないと思って、その後欲しくなる可能性がないか、もし欲しくなった時、自分にきちんと言い訳ができるかどうかは、「今の生き方」次第ではないだろうか。

あなたは、きっと満足するということが、一生ないと思う。
何故なら、それが人間の人生だから。満足して、満ち足りてしまったら、きっと人は成長しない。人の歴史的進化に基づいて考えると、人は一生満ち足りること等ないのだろうと考える。
そうしたら、あなたの最高の幸せは、いったいどこにあるんだろう。

婚活をする人は、結婚式が最大の見せ場で、その後の生活の事をよく考えていない。
就活する人は、採用される企業のネームバリューに満足し、与えられるポストと給料にだけ安心し、それ以降の職場の「暗な面」を考えようとしない。

上記の人は、これがゴールではないことをよく考えていて欲しい。
結婚式をすること、入社すること、それは単なる入り口で、生活を維持したり、環境を維持したり、自分の身分を維持することは、それ以上に大切で大変なことなのだと考える。あなたは、そのまま、その生活を20年以上続ける必要がある。だとしたら、入り口で浮かれている場合じゃない。

その後、シビアな現実と、突発的なイベントの中で、不幸と幸福の天秤は、上がったり下がったりして、不安定を極まりない状態になる。

だから、諸行は無常なんだと考えて欲しいと思う。
いつも、同じじゃない。時が過ぎれば変わる。時が過ぎれば変わることに救われている人もいれば、時が過ぎて焦りだす人もいる。
だから、目の前だけを見るのではなくて、遠くを見て、後悔しないかということを常に自分に問いかけ、満足して浮かれる日は、1日で十分だと思わなくてはならない。

幸せは、すり抜けていく。

だから、いつでも「身構えて」しまうと、うまく受け取れないので、「身構えないけれど、フットワークは軽め」にしておくことが、大事なことだろう。その極意は、心の余裕にある。



幸福の習慣
トム・ラス
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2011-10-16(かなり面白かった)

幸福な生活 (祥伝社文庫)
百田 尚樹
祥伝社
2013-12-12(ある日、家に帰ったら妻が不倫していた)