どーも
小田和正
螢▲螢ラジャパン
2011-04-20

こんにちは。

気配について、このブログ用に書き下ろすことに考えたので、右脳とは文章が違うが、ご了承いただきたい。
気配を書いた時は、2011年。あれから、分かることが多くなり、自慢話は右脳で読んでいただく事として、ここに書いてみたいと思う。

気配は、別にそういう赤い玉、青い玉等だけではなく、インターホンが鳴る前のちょっとした時に、耳鳴りで感じることもできるし、電話がかかってくる寸前のあの感じも察知できる。故に、過剰な情報量になるので、受け取り方は、千差万別だが、情報に翻弄されない方がいい。

色々と感覚過敏者の訴えは、徐々にテレビの娯楽と化し、「SとTの事件簿」というドラマでは、感覚過敏者があれこれ事件の捜査をしてのける。しかし、ここであくまでも、皆さんにお伝えしたい点は、感覚捜査ができるタイプと、出来ないタイプがいるのである。
理由は、感覚過敏でも、「自分を持たないもの」に対しては、災厄は情け容赦なく降りかかってくる。
もし、あなたが誰にでも同調するタイプなら、これはあくまでドラマだと割り切って楽しんだほうがいい。通常は、ほんの油断した際に、同調してしまい、困ることが多いからだ。

わたしの嗅覚はよく嗅ぎ分け、色々な臭いを感じる為、正確に読み取ろうとして自身は「無香料」を心がける。しかし、相手に油断をさせたい時や、リラックスしてほしい時は、あえて、「リラックスする香りをまとう。」
わたしの聴覚は、音程もHzも関係なしに、あれこれ聞き取る。ほんの少しの地鳴りでも、地面に耳をつけていなくても聞き取ることができる。逆に、そういう音を拾いたくない時は、耳に別の音を故意に流す。人の感情や、音には色がついて見える。感情をなだめるのが、遠隔の電話で得意なのは、色をなるべく、赤からブルーへ持っていく話術をするからである。
わたしの触感は温度差や湿気、気圧差について、正確に報告してくる。そこで湿気が多いとか、涼しいとか、澱んでいるとか判断ができるようになる。
わたしの味覚は正確に、物が腐っていく味や色々な味を拾う事ができる。臭覚の情報が味覚へとアウトプットされることも多い。

わたしの視覚は、実はあまり役に立たない。わたしは、確かに見ているのだと思うが、焦点はあまり対象物には当たらない。対象物の周りを見ていることが多い。逆に、緻密な仕事をした後は、視覚がシャットダウン気味なので、ふらふらと、呼ばれるところにでかけていく癖があり、未だ、時折地下鉄に正しく乗れない時がある。

そんな中で、これでも結構、情報量が多いだろう。
他に、触覚で気圧の変化や、地震の始まる音等を拾う事もある。
これらを、上手に使い分けして、自分に都合のいいところだけしか使わないやり方が、わたしの現在である。

わたしは、気配による情報を、正確に受け取ることの為に、自分で訓練したことがある。それは、先入観を決して持って感覚の出す答えを読まないこと。それだけである。わたしの嗅覚は、アロマセラピー1級の際の匂いのテストで、一発目に、大きく脳内に、「ベルガモット」と返事をした。
ところが、わたしは天邪鬼で、キットのセットの中には、幾つ入っているか考え、その中の可能性を潰そうと考えた。故に、段々嗅ぎすぎると、鼻が鈍磨してしまうことを忘れ、その質問を落とした。

結局、先入観があって、人生を生きてきた経験に応じて、疑いも出る。しかし、それと、感覚が導き出す答えが別の時は、一旦離れて考えてみるのが一番だろう。
得意先に出かけたり、色々な社にお目にかかる時、必ず五感は答えを出し、あなたに第六感として、答えを与える。でも、その場で答えを出すのはいけないことである。必ず、先入観や、色々な概念を、実際の相手と比べて考えてみるのが一番である。

気弱な会社や倒れそうな会社ほど、上層部の腕には、必ず「パワーブレス」が着く。傾きかからない会社は、そんなモノのご加護など必要ないので、決して着けないか、あまりひどくない程度である。ゴルフをする人は、右腕に、筋肉疲労を解消する目的で、水晶をつけることがある。
それとは違う様で、先様の目が死んでいたら、取引は、どの規模か検討する事ができる。

しかし、そんなことは、実際にお目にかかる営業しか知らないことなので、中々第三者から見て的確なアドバイスはし難いのだろう。しかし、正確性は、常に精神の鏡である。心が曇れば、映りもよくないし、イラナイものも映してしまう。
その精神の鏡を常に磨き続けなくては、感情論にしかすぎなくなり、あなたの霊感は、中二病とか、中年の思春期病と呼ばれるに等しくなる。鏡には、曇りがあってはならないので、常に心を鍛え、健全な心を持ちたい。

その為に、これらの感覚を商売で使おうとすると、鈍くなる。
金の為に感覚の正確性を維持できなくなるのと、金の為に、感覚の正確性に先入観の邪魔が入るからである。

のんびり、己の為に、己の周りの為に使えばいい。少なくとも、わたしは、家族と、友人位でとどめている。